水産資源が豊富なイメージが強い日本ですが、実は、日本の水産物の輸入金額は、世界第3位である事実をご存知でしょうか。
実は、日本は国内で収穫される水産物の量も豊富である一方で、世界各国から安価な水産物を入手することで外食産業や「安くて美味しい」食卓は成り立っている面があります。
日頃何気なく購入しているスーパーの魚介類はどこからやってくるのか?もし安価な魚を食べている背景で、違法労働がはびこっているとしたら…?
映画上映と、漁業の人権問題解決に従事するパティマ・タンプチャヤクル氏のトークを開催
2024年2月、WWFジャパンは、IUU漁業に潜んでいるといわれる、「海の奴隷労働」というテーマを扱った映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』を上映。
上映後にはIUU漁業撲滅のために活動している環境保全NGOのWWFジャパンによる解説と、本映画のキーパーソンでもあり、IUU漁業にひそむ「海の奴隷労働」者の保護や支援活動に従事し、2017年のノーベル平和賞にノミネートされたパティマ・タンプチャヤクル氏によるトークが行われました。
今回のイベントから、サステナブルな漁業の在り方を考えます。
映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』概要
現代も奴隷が存在し、世界有数の水産大国であるタイには、人身売買業者に騙されるなどして漁船で奴隷労働者として働かされている「海の奴隷」が数万人存在するといわれている。水産物の安さの裏側で犠牲になっている人々が存在するのだ。本作では、タイの漁船から離島に逃げた人々を捜索し、救出すべく命がけの航海に出るタイ人女性、パティマ・タンプチャヤクル(2017年ノーベル平和賞ノミネート)たちの活動を追う。ミャンマー、ラオス、カンボジアなど貧困国から集められ、売り飛ばされた男性たちをパティマたちは救うことが出来るだろうか――?
知っておきたいキーワード「IUU漁業」
IUU(アイ・ユー・ユー)漁業とは、違法(Illegal)・無報告(Unreported)・無規制(Unregulated)の頭文字を取った、ブラックな漁業の総称のこと。
水産物をどこで、だれが、どうやってとったのか不明である漁業は、水産物の乱獲や労働者の搾取など、環境問題・人権問題をはらんでおり、世界的に問題になっています。
IUU漁業由来の水産物は、世界で毎年1,100万~2,600万トン。日本で出回っている水産物とも関係が深く、2015年に日本が輸入した天然水産物のうち、24~36%がIUU漁業由来の者とされています。
これは水産物を好んで食べる私たちが知っておかなければならない真実です。
IUU漁業の問題点① 水産資源の枯渇
人口増加や家畜飼料の需要などを理由に、世界の水産資源の年間消費量は過去50年で約5倍に増加。
持続可能な漁業のためには、適正な量の水揚げが必須となりますが、乱獲や獲りすぎが横行していることにより、豊かな水産物を繋ぐことが危ぶまれています。
IUU漁業の問題点② 「正規漁業」への多大なる損害
世界のIUU漁業がもたらす漁業への年間の被害額は、日本円で約1兆1,000億円万~2兆5,845億円にのぼるといわれています。
例えば、1990年~2016年のデータをもとに算出された発表によると、日本のイカ産業はIUU漁業により、約243億円~469億円の経済的損失を被った可能性が報告されています。
IUU漁業対策に取り組むWWFの植松周平氏は、正規漁業への影響について次のように語ります。
「IUU漁業では、違法労働の元人件費は限りなく安いものです。違法労働により獲られた魚と正規漁業で獲られた魚、見た目は同じ2つの水産物であれば、背景を知らない消費者がどちらを買うかは明確でしょう。」
価格で比べられたとき、正規漁業で採られた正規価格の水産物は、人件費と商品価格を極限まで低くしたIUU漁業由来の水産物に勝つことができないのです。
IUU漁業の問題点③ 労働者の人権問題
IUU漁業は「現代の奴隷」とも表現される深刻な人権問題を抱えています。インドネシアや東南アジアからの移民労働者が、十分な食事や休息を与えられず、長時間労働を強いられている事例が報告されているほか、暴行や公開中に死亡した労働者の遺体が海に遺棄された事件も発覚しています。
『ゴースト・フリート』では、世界有数の水産大国タイにおける遠洋漁業の船員を違法な人身売買により確保している実態が明らかにされていきます。
2014年より海の奴隷たちを救出する活動を続けているパティマ・タンプチャヤクル氏が命からがらインドネシアの離島へ逃げ込んだ男性たちを探す様子をカメラが映し出します。
船体の国旗部分が黒塗りにされたIUU漁業と思わしきタイ漁船や、闇市場と見られる港を発見するも兵士に追い返され、何者かにバイクで後をつけられるなどの危険を冒しながら一行は元海の奴隷を幾人も見つけ出します。
5年、7年、人によっては12年と長い年月をかけ漁船で強制労働を強いられ、心身ともに蝕まれた悲痛なエピソードが語られます。
「偽名で作成した身分証を与えられ、どこにも実在しない“幽霊”のような存在として労働をした」
「日常的な暴力は当たり前。時には薬物を手渡され昼夜問わず無償で働かされた」
元漁船労働者たちを見つけ出し、出身国の家族の元へ還すことがパティマ氏の目的ですが、逃げた先の土地で家族をもうけるなど長い年月が経過してしまっている例も多く、「帰りたくても簡単には帰れない」と複雑な胸の内を語る男性も。
無事国に帰国できた場合も、人身取引被害者認定されるケースは稀であり未払い賃金やメンタルケアに対する補償などは非常に手薄であり、厳しい現実が待ち受けています。
パティマ氏が運営する労働権推進ネットワーク(LPN)では、彼らに対するシェルターや就職支援などを通じ不当に奪われた人生の再建を支援しています。
EU圏を中心にIUU漁業由来の水産物の輸入を規制する法律が施行されていますが、彼女の救出活動は未だ数万人いるとされる「海の奴隷」が存在する限り続くのです。
作中に挿入されている映像は実際の虐待や労働の様子を収めたものではなく、彼らの証言にもとづき再現された映像です。
残念ながら、わたしたちは海の奴隷たちの原体験を記録映像から知ることは叶いません。だからこそ彼らの証言が多く盛り込まれている本作は貴重であり、とても大きな意味を持っています。
負の連鎖を断ち切るために、わたしたちが考えたいこと
作中ではタイの首相が「自国の主要産業である水産業を巡る課題は、取り締まりを強化すべきである」と語りますが、未だ多くの課題が残ります。
世界ではIUU漁業を根絶すべく、トレーサビリティシステムGDSTや持続可能な水産物を証明するMSC認証・ASC認証などの取り組みがなされています。
日本では、2020年に制定されたIUU漁業対策法「水産流通適正化法」がありますが、規制対象は一部にとどまるためまだ十分とは言えません。
パティマ・タンプチャヤクル氏は、日本人の意識が変わることでIUU漁業の問題は大きく前進するだろうと期待を寄せています。
「日本は多くの水産物を輸入する国であることから、変革のカギを握ると考えています。また、元乗組員らからは『なぜ魚より自らの命の価値の方が低いのだ』といった切実な声が上がっていることも知って欲しい」と日本の消費者へコメントしました。
日本は、キャットフードやツナ⽸、エビ、養殖⽤の⿂粉などタイ産の水産物に頼っています。
豊かさと引き換えに犠牲になっている人々が確かに存在している以上、もう「知らなかった」では済まされないのです。
私たち消費者は、どこでどのように採れた水産物なのか、どうして安価で手に入るのか、購入前にパッケージを確認したり、企業のHPを確認したりすることが必要です。生産の背景を知ろうとすることが強く求められているのです。そしてより多くの人がIUU漁業の真実について知っていくことが大切です。