動物福祉(アニマルウェルフェア)への関心が高まるなか、「ノンミュールジングウール」や「ミュールジングフリーウール」という言葉を目にする機会が増えています。
サステナブルな素材を選ぶ際のキーワードとして定着しつつある一方で、その背景まで理解されているとは言い切れません。
本記事では、ミュールジングとは何か、その是非、そしてノンミュールジングウールという選択肢について整理します。
ウール素材の基礎知識

冬のセーターやコートに欠かせないウールは、羊毛を原料とする天然繊維です。
なかでも衣料用として多く使われているのが、メリノ種の羊から採れる「メリノウール」。細くやわらかく、保温性・吸湿性・耐久性に優れることから、高品質な衣料素材として世界中で重宝されています。
現在、家畜として飼育されている羊の多くは、人が羊毛を利用するようになって以降の品種改良によって、自然に毛が抜け替わらず、定期的な毛刈りを必要とする身体になりました。
ウールは、長い歴史のなかで人と羊の関係性の上に成り立ってきた素材でもあります。
ミュールジングとは何か

ミュールジングとは、羊の臀部(尾の周辺)の余分な皮膚を切除する外科的処置のことです。
その目的は、「フライストライク」と呼ばれる寄生虫被害から羊を守ることにあります。
1920年代、オーストラリアでジョン・ミュールズによって考案されたこの方法は、メリノ種特有の深い皺と、温暖な気候条件が重なり、ハエが産卵しやすくなることへの対策として広まりました。
寄生したクロバエやニクバエの幼虫は、羊の皮膚の下に潜り込み、組織を食い荒らします。激しい痛みを伴い、治療されなければ命に関わることもあります。
ミュールジングは、こうした被害を防ぐために「一度だけ」行われる処置として位置づけられてきました。
動物福祉の観点からの問題提起
一方で、ミュールジングは動物福祉の観点から強い批判を受けてきました。
理由のひとつは、麻酔を使用せずに行われるケースが長く主流だったことです。
生後間もない子羊の段階で、剪定ばさみのような器具を使って皮膚を切除するこの方法は、強い痛みや感染リスクを伴います。傷の治癒には数週間を要し、その過程で命を落とす羊も少なくないとされています。
英国で提唱されたアニマルウェルフェアの指標に、「5つの自由(Five Freedoms)」があります。これは、動物が人の管理下に置かれる際にも、最低限守られるべき基本的な考え方として、現在も国際的な基準のひとつとされています。
- 飢えと渇きからの自由
- 不快からの自由
- 痛み・傷害・病気からの自由
- 恐怖や苦悩からの自由
- 本来の行動を表現する自由
ミュールジングをめぐる議論では、これらのうちとくに「痛み・傷害からの自由」や「恐怖や苦悩からの自由」との関係性が問われることになります。
PETAやFOUR PAWSといった動物保護団体は、ミュールジングの廃止を訴え、ファッションブランドに対してミュールジングフリーウールへの切り替えを求める活動を続けています。
その結果、ニュージーランドや英国では法的に禁止され、賛同するブランドも年々増えています。
改良型ミュールジングも誕生
オーストラリアを拠点とするザ・ウールマーク・カンパニーによると、ミュールジングの代替策は長年研究されているものの、すべての環境・牧場条件で完全に機能する方法はまだ確立されていないとされています。
そのため近年では、麻酔や鎮痛剤を使用した「改良型ミュールジング」が普及し始めました。
2006年時点では、麻酔・鎮痛を伴う方法の採用率は0%でしたが、2020年には86%以上に達したと報告されています。
オーストラリアの動物福祉法でも、利用可能な代替手段がない場合には、羊を守るための選択肢としてミュールジングが認められています。
ノンミュールジングウールという選択

ノンミュールジングウールとは、ミュールジングを行っていない羊から採取されたウールのことです。
多くの場合、RWS(レスポンシブル・ウール・スタンダード)やZQ、GOTSなどの認証によって確認できます。
羊毛生産量の上位国は、オーストラリア、中国、ニュージーランド。寒冷地を中心に、世界各地で羊毛生産が行われています。
オーストラリア産メリノウールは、寒暖差の激しい環境で育つため、繊維が細く、白く、均一で、衣料用途に適していることで知られています。
現在、海外の著名ブランドとの取引では、ノンミュールジングウールであることが事実上の必須条件となるケースも少なくありません。
その一方で、生産現場では人手やコストの増加という課題も抱えています。
ブランドと業界の動き
無印良品、プリスティン、ジョンスメドレーをはじめ、国内外でノンミュールジングウールへの移行を明言するブランドが増えています。
H&M、ZARA、adidas、The North Faceなどのグローバルブランドも、FOUR PAWSの取り組みに賛同し、ミュールジングフリーを掲げています。
認証の取得や、公式サイトでの原材料調達ポリシー、サステナビリティレポートの公開、下げ札やタグでの情報開示など、方法はさまざま。
近年では、DPP(デジタル製品パスポート)のように、製品が生まれてから手元に届くまでのプロセスをデジタル上で可視化する仕組みも広がり始めています。EUでは導入が進み、日本から輸出される製品にも適用されつつあります。
こうした仕組みは、ブランドにとって「ごまかしがきかない」一方で、自らのものづくりに責任を持ち、その姿勢を証明する手段にもなり得ます。
透明性は、これからのファッションにおける新しい信頼のかたちなのかもしれません。
消費者としてできること

ウール製品を選ぶ際には、商品タグや公式サイトで
「Non-Mulesed Wool」「RWS認証」などの表記を確認することが一つの手がかりになります。
買い物は投票だと言われますが、知ったうえで選ぶこと自体が、すでに意思表示です。
価格やデザインだけでなく、その背景にあるストーリーに目を向けることが、これからのファッションには欠かせません。
ミュールジングは、寄生虫対策という実用的な背景を持ちながら、動物の苦痛を伴う側面も併せ持つ行為です。
ノンミュールジングウールは、動物と人の関係性を見直すひとつの選択肢として注目されています。
ただし、それはあくまで「入口」にすぎません。
その先の製造工程や環境負荷、人権への配慮まで含めてこそ、本当の意味でのサステナブルな選択と言えるでしょう。
ウールという素材が持つ魅力と歴史を尊重しながら、これからのファッションのあり方を静かに考える――そんな視点を持つことが、いま求められています。








