今世界では様々なバックグラウンドを持つ子どもたちが、障がいの有無や国籍、宗教などに関わらず、同じ教室で同じ授業を受ける教育が当たり前になってきています。
この記事では、日本でも少しずつ進み始めているインクルーシブ教育についてみていきます。
インクルーシブ教育とは?

障がいや病気の有無、人種や国籍、宗教、性別が違うなどに関わらず、全ての子どもが同じ環境で一緒に学ぶことをインクルーシブ教育といい、世界各国で取り組まれています。
多くの国で普及するきっかけになったと考えられているのが「サラマンカ宣言」。1994年に、スペインのサラマンカで開催された「特別なニーズに関する世界会議」で採択されました。
「サラマンカ宣言」は、知的、情動的、身体的なハンディキャップや、経済的、社会的な理由にかかわらず、すべての子どもが平等に学校で教育を受けることや、多様な子どものニーズに対応できるよう、指導法やカリキュラム、環境を整えることの重要性を強く主張するものでした。
この宣言以降、国連の「障害者の権利に関する条約」、持続可能な開発目標(SDGs)に、インクルーシブ教育が基本概念として示され、各国での取り組みがはじまりました。日本でも、多様性を認め合い共生できる社会の形成に向け、インクルーシブ教育システムの構築が始まっています。
日本の障がいのある子どもへの教育の変化

かつて日本で障がいのある子どもたちの多くは養護学校に通っていましたが、2007年、障がいのある人たちに関する法律の改正で、養護学校、盲学校、聾学校の制度から、特別支援学校制度に変わりました。
しかし、転換後も障がいのある子どもたちの多くが、特別支援学校や特別支援学級に通う流れが大きく変わることはありませんでした。普段は通常学級に通いながら、特別な対応や指導が必要な場合だけ特別支援学級に移動するといった例もありますが、同じ環境で一緒に教育を受けていたとはいえず、長い間、分離教育が行われていました。
このような状況の改善を求め、2022年に国連から日本政府に是正勧告が出され、ようやく本格的なインクルーシブ教育システムの構築に乗り出すことになったという背景があります。
インクルーシブ教育のメリット

インクルーシブ教育のメリットは多いといわれます。
- 多様な人たちとの関わりが、自分とは異なる個性や価値観を受け入れる心を育む
- マジョリティが良い、マイノリティは良くないという二元論になりにくい
- バリアフリー化が進むことで、誰にとっても動きやすく快適な環境が整う
- 身体的ハンディキャップを補う機器が広まることで、同じ空間で同じことを体験でき、共感性や人間性を高める機会が増える
- 多様な個性を認めあう共生社会が形成されやすくなる
個性や価値観の異なる人たちと接し、認め合う経験は、アイデンティティの確立に良い影響を与えやすいことからも、インクルーシブ教育のメリットは大きいといえます。
インクルーシブ教育の課題
メリットが大きい一方、インクルーシブ教育システムを構築する上での課題もあります。
- 障がいのある子どもへの理解と、合理的配慮が不十分
- インクルーシブ教育に関する教員への適切な研修の不足
- 身体的障がいなどのある子どもたちに必要な環境が整っていない
これらが主な課題としてよく挙げられます。身体的な障がいのある子どもにとっては、校内だけでなく通学の手段や経路をどうするかを考えることも必要です。また、教師が多様な生徒に対応するためのスキルを身に付ける研修や機会が足りず、適切なサポートをすることが難しい状況です。
日本の場合はそれだけにとどまらず、近年増え続けている発達障がい児や不登校児への対応、就学前のインクルーシブ教育に向けた整備、2022年に国連からの勧告を受けた分離教育からの完全移行、教員そのものの不足などの課題があります。
国内外のインクルーシブ教育の具体例

解決すべき課題はありますが、各国でインクルーシブ教育に向けた取り組みが行われ、多様な子どもたちに対応できる環境が整ってきています。国内外の事例をいくつか紹介します。
クロアチア共和国のソポト幼稚園
障がいのある子どもたちが通常の幼稚園に通いやすくすることを目的として、教育スタッフのスキルを高めるためのカリキュラムが組まれ、専門的な研修が数年にわたり行われました。
その結果、通常の幼稚園に通う障がいのある子どもが増えるなど、このプログラムがインクルーシブ教育に有効であると評価され、継続されることになっています。
日本財団によるワークショップ
誰もが過ごしやすい学校のバリアフリー化を、子どもたちの視点で考えるというワークショップが、横浜国立大学付属横浜小学校の4・5年生を対象に複数回行われました。
車いすユーザーが当事者目線での意見を伝え、障害や多様性とは何かについて説明しながら、みんなが過ごしやすい学校について考えてもらったところ、実にさまざまなアイデアが出され、具現化に向けて動いているといいます。
このワークショップに関わった大人たちは、子どもたちが多様な人と関わることで、想像力が養われていくのを実感したそうです。
その他の具体的な取り組み
自閉症スペクトラムなどのような、コミュニケーションに課題を抱える生徒に対する個別での対応は、日本の小中学校や私立の大学で行われるようになっています。
その成果として、感情の波が激しかったのが少し落ち着いた、先を見通して計画を立てることが極端に苦手だったのができるようになっていった、などの声も聞こえるようになりました。
日本より早く取り組みをはじめたヨーロッパ、イギリスをはじめ、諸外国にはインクルーシブ教育のさまざまな事例があります。
例えば、性的マイノリティの若者や女性が差別を受けることなく、安心して質の高い教育が受けられる環境を整えるパキスタンの団体、移民や少数民族という背景をもつ子どもたちが、正規の教育を受けやすくするサポートを行っているEUの7ヶ国など、各地域で様々な取り組みが行われているのです。
インクルーシブ教育は共生社会の重要な位置づけに
本記事では、インクルーシブ教育の概要やメリット・デメリット、そして具体的な取り組みについてみてきました。
様々な国や地域で取り組みが進むインクルーシブ教育は、子どもたちの可能性を広げ、誰もが認め合える共生社会への架け橋なのかもしれません。
参考:https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2024/98734/education