西陣織とは、京都市北西部に位置する西陣エリアで、先染めの糸を用いて作られる織物のこと。その起源は古墳時代までさかのぼり、応仁の乱を経て現在の「西陣織」の名が定着。1976年には国の伝統的工芸品に指定されるなど、京都を代表する文化のひとつとして受け継がれてきました。
しかし現在は、着物需要の減少による市場の縮小に加え、職人の低賃金化や後継者不足といった課題にも直面しています。廃業を余儀なくされる事業所も少なくありません。
そうした状況のなか、着物や帯にとどまらない、“新たな西陣織のかたち”を追求してきたのが、サカイタカヒロさんです。
かたちを変えてもなお受け継がれる西陣織の魅力と展望についてお話を伺いました。
サカイタカヒロさんプロフィール

2014年、西陣織ブランド「RE:NISTA(リニスタ)」グループを立ち上げ、広幅生地の開発や異業種とのコラボレーションを通じて、西陣織の新たな可能性を探求。
2025年には、アパレルブランド「renacnatta(レナクナッタ)」代表・大河内愛加氏とともに、ユニット「Seteria(セテリア)」を立ち上げ。西陣織の製造工程で生まれる絹由来成分・セリシンに着目したスキンケアブランド「Sericy(セリシー)」を始めるなど、素材や工程そのものを資源として捉える取り組みにも力を注いでいる。
30cmから150cmへ。生地の幅と共に広がった西陣織の可能性
織元の長男として生まれたサカイタカヒロさんは、現在、昼間には職人業務をする一方で、西陣織を用いた日用品の製作などを行い、帯という枠に縛られない新たな可能性を追求しています。
織元の家系であれば、ずっと職人の背中を見て育ってきたのかと思いきや、実は幼少期に工房から離れた場所へ転居。大学卒業後も、営業職として一般企業に勤務していました。
「家業とはいえ、かれこれ10年ぐらい西陣織の生地を見ていなかったんですよ。だけど、白い壁に囲まれた一人暮らしの部屋で改めて見てみると、『よくこんなものが織れるなぁ』と、組織の緻密さに驚いたんです」

金糸や銀糸など多彩な糸を組み合わせて織り上げられる模様は、西陣織ならではの美しさ。織物から一度離れた時期があったからこそ、改めて技術力の高さに気づいたと語ります。
6年間の会社員生活を経て、退路を断つ思いで西陣織の世界へ。自らのブランド「RE:NISTA(リニスタ)」を立ち上げ、帯にとどまらない西陣織の可能性を追求し始めました。そして翌年には、帯を張地に用いた椅子をイタリアの「ミラノサローネ」へ出展。西陣織の魅力を海外に向けて発信する機会が訪れます。
しかし出展にあたり、ひとつの大きな壁に直面します。それは西陣織ならではの、一般的な帯幅30cmという制限、裏糸による厚み、そして水や光に弱いシルク素材。これらが、西陣織の用途を狭める要因となっていたのです。
その壁を打破するためにリニスタが開発したのが、最大幅150cmの化学繊維を用いて作られた、裏糸のない西陣織の生地。耐久性の向上と加工のしやすさ、そして低価格化に成功したのです。
その利便性の高さから、リッツカールトンをはじめ、複数のホテルの装飾や小物類に取り入れられるようになりました。

「企業さんからは、『西陣織の割に安い』と言われます。それを、僕たちリニスタは褒め言葉として捉えています。これまで、『西陣織を使いたい』というお言葉はいただいていたのですが、従来の生地では値段が高いし、要望に合わせた加工もできなかった。リニスタはそうした諸問題をクリアできたので、『それなら、ぜひ』と使っていただけるようになりました」
こうして他業種とのコラボレーションが増え、リニスタの広幅生地は、クッションやスカート、靴、ウイスキーのラベルなど、生活の中の身近なアイテムにも使われるようになっています。
「ずっと、1人で『西陣織が日常的に使えるものに変わってくれたらいいな』と考えていたんです。各業界の方と一緒に仕事をさせていただいた結果、その理想が現実になって、しかも買ってくれる人がいる。それは単純に喜ばしいですし、僕らの生地がいろんな活かし方ができるということを、改めて教えていただきましたね」
日常に溶ける、新しい西陣織の姿
リニスタは、生地を生産・提供するだけでなく、オリジナルブランド「k-cs(ケイクス)」も展開しています。それを手がけているのが、同グループの「k-cs(ケイクス)」というブランド。「伝統を日常に溶かす」をテーマとし、サコッシュやお皿などの日用品を中心に、広幅生地を使ったアイテムを手が届きやすい価格で提案してきました。

一方で、西陣織をはじめとした“和のもの”といえば、手入れに手間がかかる印象もあります。サカイさんは、日常生活に取り入れてもらうためには工夫も必要だといいます。
「例えば、着物を自分で着たいと思っても、まずは着付けから学ばないといけない。しかも、片づけるためには桐ダンスを用意する必要がある。このように、伝統工芸品や伝統産業の商品を使うときに生じる手間を、僕は“コスト”と呼んでいます。
もちろん、手間暇も大切にしたい人にとっては、こうしたコストも含めて魅力的なのだと思います。ですが、これを大変だと感じる人もいますよね。伝統文化を生活に取り入れたいと思っても、障壁があるんです」
そうしたコストを取り除くため、ケイクスでは現在の“洋の生活”に合う商品を中心に開発。そのブランド名どおり、ケーキのような淡い色合いの織地が使われており、見た人が「かわいい!」と言いたくなるようなデザインです。

「今って、みんな洋のものを使うことが多いじゃないですか。お着物ではなくお洋服を着て生活していたり。そうした状況で、『じゃあリニスタがやることを和と洋のどっちに持っていこうか』って考えたときに、やっぱりストレスフリーなものにしないと、そもそも使ってもらえない。僕は、そう思っています」
サカイさんは、実際にケイクスで作っている御朱印帳を見せてくださいました。その表紙に使われていたのは、先染めされた糸で織りなされた繊細な模様。織物ならではの立体感を帯びた生地は、触れるだけでも愛着が湧きます。

「帯にしたってリニスタの広幅生地にしたって、使う技術は同じです。この緻密な組織を作るという点については何も変わらない。そうした西陣織らしさを出すというのは、用途や使う場面が違っても大切にし続けたいポイントですね」
織元として幅広く見つめる
サカイさんの取り組みは、生地だけにとどまりません。西陣織の織元として製作の全工程を見てきた経験から、その一つひとつを「有形無形の財産」と捉えています。
例えば、下絵となる図案をコーヒーのパッケージや塗り絵に用いたり、糸を通す工程で使う杼(ひ)を箸置きに仕立てたりと、発想は多彩です。なかには「100万円出されても売らない」と決めている図案もあるそう。

「図案は職人さんが手書きで作るのですが、データ化したあとは、用なしになっちゃうんです。それは本当にもったいないので、パッケージデザインに使ったり、額に入れて絵画として販売したりしています」
さらにサカイさんは、これまで製造工程で廃棄されてきた絹糸の成分「セリシン」にも目を向けるように。2025年には、日本とイタリアの素材や技術を組み合わせたアパレルブランドである、レナクナッタの大河内愛加氏とともにスキンケアブランド「Sericy(セリシー)」を立ち上げ、その保湿成分を活かした化粧水や乳液、ハンドクリームなどの発売を始めました。

こうした柔軟な発想を持つために、サカイさんは常に視野を広げることを心がけているそうです。
実際、セリシンの活用に取り組んだきっかけも、あるイベントで耳にした木材に関するプレゼンテーションでした。「木を一本丸ごと有効活用する方法を考えたい」という登壇者の言葉が、刺激になったのです。
「イベントで他の方の話を聞くときは、常に『西陣織だったら、どう応用できるか』を考えることを意識しています。アイデアを聞いて『そう来たか!』『さすがだな』と感心するのですが、僕の家業である西陣織は、日々の生活に広まっていない。それが悔しいんですよ。その悔しさが、常に僕の仕事の根底にありますね」
多種多様な接点で、伝統工芸品との関わり方を増やしていく
日用品や化粧品という新たなかたちを通じて、これまで帯を手に取ることがなかった人が西陣織に触れるきっかけを増やしてきたサカイさん。一方で、西陣織であることを前面にアピールする方法はとっていません。

「自分がお客さんの立場だったら、“西陣織だから”という理由では買わないのでは、と思っていて。
例えば、ギターを買うときに『これは高級な広葉樹が使われていて……』と言われても、困りますよね。特に初めて楽器を買う人は、まず楽器のフォルムや音に惹かれると思います。その先で、もっと質やこだわりを追求したいと思ったときに、初めて素材に興味を持ち始めると思うんです」

そう思うようになったのは、もともと一般企業に勤めて外の市場を見てきたからこそ。「西陣織だから」という言葉には集約できない価値があると考えています。
「セリシーのハンドクリームを使ったときに『伸びがいいね』『しっとりする』と興味を持ってくれた人に対して、セリシンという成分が入っていること、実は西陣織の製造工程で捨てられていた素材であることを伝えて、西陣織について知ってもらう。始めは、まずそれでいいと思うんです。
そのときに強い関心を持ってくれた人が織物や帯を買ってくれたら、もちろんありがたい。だけど、伝統工芸品との関わり方は人それぞれだと思います。まずは、西陣織の近くにいてもらえたらうれしいですね。その接点を作るために、いろんなアイテムを手掛けているというところです」
関わる人すべてが豊かになる循環を目指して
サカイさんがリニスタやセテリアの活動を通じて、真正面から向き合っている課題があります。それは、業界全体に影を落とす「職人の低賃金化」です。着物需要が減り、帯だけでは利幅を確保しづらい現状では、次世代の担い手が育ちません。
そうしたなか、サカイさんは自身の取り組みで生まれた利益を、西陣織工業組合や職人さんに還元。業界そのものが持続する仕組みを目指してきました。

「自分たちがやっている事業では、きちんと価値をお金に換算したいと思っています。別に、お金持ちになりたいわけではありません。ただ、関わってくれている人たちが生活に困らないようにしたいんです。
それに、利益を生み出せるからこそ、次の新しい挑戦に繋げられる。そうして未来に繋いでいくというのが健康的な循環だと思うので、それを西陣織でも実現していきたいですね」
未来を見据える姿勢は、分業制で進める西陣織において、職人さんたちの協力や理解を得ていくためにも欠かせません。
「新しい取り組みをするにしても、ちょっとだけ挑戦して、一瞬盛り上がって終わりとなると、やはり職人さんの士気が下がってしまいますし、『利用されているの?』と思わせてしまうかもしれない。だからこそ、2〜3年先を見越した計画を共有することが大切です。その方が、前向きな気持ちで仕事に取り組んでもらいやすいと考えています」
やれるうちは、とことんやりたい

実はサカイさんは、今も昼間に職人業務をしながら、リニスタやセテリアの活動をされています。さらにパパっ子のお子さんのお世話もして…と、大忙し。そんな毎日でも、西陣織の可能性を広げるべく活動するエネルギーは、一体どこから沸いているのでしょうか。
「一生懸命やれるのは、30代か40代くらいまでなのかなって思っていて。だから、やれるうちはやりたい。愛加さんとも、『仕事だから』ではなく『楽しいからやる』という、部活のような気持ちで頑張っています。
楽しくないと、お金を得ることばかり考えてしまうと思うんですけど、部活って、お金がもらえるからやっているわけではないというか。楽しいし、その先に自己実現があるから打ち込める。そんな感じですね」
将来的には、「西陣織を世界に広める」というリニスタの理念に沿って、アメリカやフランスなど、海外進出も視野に入れているといいます。
「リニスタを立ち上げる前に、フランスのシャンゼリゼ通りを西陣織で埋め尽くすという夢を抱いていました。いろんな人に認知してもらってこそ、職人さんが仕事を続けられます。そうして還元できる状態を整えていくからこそ、産業が続いていくんです」
歴史ある伝統工芸を、現代の形に合った柔軟な形で受け継いでいく―。
言葉にするのは簡単ですが、実現するには使う人のニーズや生産に関わる職人の理解が不可欠です。今後リニスタは私たち日本人や世界の人に向けてどんな接点を生み出していくのか、その動きから目が離せません。








