京ことばは、ときに「本音がわかりにくい」言葉として語られます。一方で、その控えめな表現や音の美しさから、「奥ゆかしい」と言われることも。
なぜ京ことばは、これほど多面的な印象を与えるのでしょうか。その答えを探るために訪ねたのが、「京ことばの会」で継承活動をされている尾崎美和さん。生まれも育ちも、京都の中心部「洛中」のひとつである中京区という、生粋の京女です。
尾崎さんの話から見えてきたのは、京ことばは「生きた文化」だということ。平安の昔から続く人々の暮らしや知恵、そして相手を思いやる心が折り重なり、現代まで受け継がれてきました。
京ことばに宿る風土や気質、そして共通語が普及する現代における「お国ことば(方言)」の大切さについてお話を伺いました。
尾崎美和さんプロフィール

幼い頃から、祇園の元芸妓である祖母の京ことばを耳にして育つ。祇園に根ざした日本舞踊の流派「京舞井上流(きょうまいいのうえりゅう)」を習い、「葵祭(賀茂祭)」では第28代斎王代を務める。「京ことばの会」の前主宰、中島さよ子さんの朗読を聞いたことをきっかけに、2010年ごろから京ことばの勉強を開始。
現在は同会の一員として、修学旅行生を対象とした講座などを開講。持ち前の明るさを生かし、劇なども交えながら、わかりやすく面白く京ことばを教える。
京都に集う多種多様な人々の暮らしから生まれた「京ことば」

そもそも、京ことばとは一体何なのでしょうか? 「京都弁」と呼ばれることもありますが、「弁」とは「地方の言葉」という意味合いがあります。京都が長く都であった歴史から、尾崎さんは「京都弁」ではなく「京ことば」という表現を使うようにしているのだと言います。
「京都は平安時代から江戸時代まで、天皇陛下が代々おいやしたさかい明治時代に東京に首都機能が移されるまでは、京ことばが標準語やったんです。そやから、誇りを持って、京都弁やのうて京ことばと呼ぶようにしています。
もちろん、京都だけが特別やて言いたいのではありません。東北や九州、各地にいろんな方言があって、それぞれに魅力があります。なにが標準かを決めるんやのうて、それぞれの土地で生まれた言葉に誇りを持ってほしい。そう思っています」
そう力強く語る尾崎さん。幼い頃から京ことばを大切にしてきたのかと思いきや、「ホンマのことを言うと、子どもの頃は吉本新喜劇の影響で関西弁が好きやったんです。エネルギッシュでくだけているし」と笑います。
それでも大人になるにつれ、耳にして育った京ことばに、次第に魅力を感じるようになったのだそう。
京ことばの成り立ちに関わってくるのは、かつて京都の土地にいた先人たちの暮らしや想い。天皇の住まいだった御所に仕えていた女官たちが使う「御所ことば」、花街の芸妓や舞妓が使う「花街ことば」に加えて、職人や商人、農家など、階級や住む土地を問わず、さまざまな人が使っていた言葉がすべてあわさって、京ことばといいます。
「御所に務める女官たちには、『自分たちは、天皇さんにお仕えしている特別な者や』っていう誇りがあったんです。そやから、自分たちだけにしかわからへん言葉を使ってはったんですよ。今でいう、女子高生たちの内緒話みたいな感じどすね。
それから、昔の花街は男の人に夢を見させてあげる場所やったんです。そういう場所で地方の言葉を耳にすると、男の人の夢を途切れさせてしまいますやろ。そやから、花街だけで使う言葉っていうのを、そこで働く人らは覚えて使ってはったんです」

御所ことばで有名なのが、言葉の頭に「お」をつけたり、語尾に「もじ」をつけたりする表現。尾崎さんは、例として「今日のおぞよ(=おかず)は、さもじ(鯖+もじ)のすもじ(寿司+もじ)」という一節を教えてくださいました。
たしかに、女官以外の人が聞いたら、何を言っているのかさっぱりわからないかもしれません。
一方で、誰もが聞いたことがあるこんな言葉も。
「ご飯をよそうときに、しゃもじを使うでしょ。あれは、杓子の“しゃ”に“もじ”をつけた御所ことばが始まりなんです」
かつて歴代の天皇が住まわれた京都には、全国から人々が集まりました。その人たちが故郷へ戻る際、京ことばも共に各地へと伝播していったのです。京ことばは、案外身近なものなのかもしれません。
京ことばの回りくどさは、相手も自分のことも傷つけないための手法
人々の暮らしとともに発展してきた京ことばですが、現代では「回りくどく、わかりにくい言葉」と認識されているのも事実です。
例えば、ご近所さんに「お宅のお子さん、ピアノ上手にならはりましたね」と言われたら、「音が少し大きいですよ」という指摘を含むこともあります。
苦情や注意も直接言わず、やんわり伝えるのが京都流。こうした婉曲表現の始まりは、平安時代ごろまでさかのぼります。天皇がいる京都には多種多様な人が集まっており、相手の身分や立場もわからないということが珍しくありませんでした。
さらに戦国時代に入ると、時の支配者が次々と入れ替わり、誰が敵味方かわからない状況。だからこそ、場の空気を壊さず自分の身を守る表現が大切だったのです。

「今の京都も、嫌なことがあっても、『それ嫌い』とは言わない人が多いと思います。『それは、ちょっと違うのとちがいますやろか?』とか『それもよろしおすけど、こんなんもどうどすやろか?』って、相手のことも自分のことも傷つけへん言い方をするんです。もしかしたら、今の若い子たちのコミュニケーションに似ている気もします」
たしかに、京都ならではの伝え方には、現代に通じる部分もあるのかもしれません。例えば職場では、「それは間違っている」と直接的に指摘をする代わりに、「こんな考え方もあるよ」「こっちのデータでは違う結果が出ているよ」という遠回しな言い方が重視される傾向にあります。
「店員さんに勧められた服がもひとつやったとき、『目の正月させてもらいました』って言うんです。買わへんけど、目は楽しませてもらいましたよ、っていう感謝の意味なんです。
それから有名な話で、京都でぶぶ漬けを勧められたら『はよ帰れ』っていう意味や言われてますけど、ホンマは『帰ってもらわなアカン時間やけど、お茶漬けを食べていってほしいぐらい、名残惜しい』ていう意味なんです。つまり、『あなたとの時間が楽しかったよ』『また来てね』て言いたいんどす。そうしたら、相手も気持ちよく帰れますさかい」
そんな豆知識を教えてもらうと、本心を言わないからといって、必ずしも相手のことを悪く思っているわけではないということがわかります。むしろ、言葉に思いやりの心を込めているのです。
「いけず」の裏にある、文化を守るための矜持

相手への配慮が含まれた京ことば。一方で、京都人特有の「いけず(意地悪)」な側面を自覚することもあると、尾崎さんは笑います。
「普段から、その場の空気をわきまえて話しているからこそ、やっぱりストレスが溜まることもあるんです。そういうときに、悪口に聞こえへん悪口を言います。なんていうか、言葉遊びをしているような感じやね」
京ことばの隠語のひとつが、「千本通り」。これは、京都市で一番長い通りの名称ですが、人に対して使うときは、「話が長い」ということを意味します。しかし、なにも相手に嫌味を投げつけたいなどと思って、こうした言葉遊びをしているわけではありません。
「とりあえず、きついことは直接的には言わへん。きつく聞こえる言葉が嫌いやさかい。これはもう、京都の気質やと思います」
京都人に対するネガティブな印象といえば、「いけず」だけではなく「プライドが高い」も挙げられるでしょう。こうした印象を抱かれる理由として、尾崎さんは「京都って、守っていかなあかん文化や伝統がいっぱいあるからやと思います」と、ご自身の意見を語ってくださいました。
「私のある幼馴染の実家は、応仁の乱から500年以上続いている「本家尾張屋」っていうおそば屋さんでしたんやけど、2026年1月に閉店になってしもうたんです。私でもつらいんやから、その家を継いできたご家族は、もっとつらい思いをされていると思います。古いもんを未来に繋げていくっていうのは、すっごい大変なことのはずなんですよね」
京都には、数百年、あるいは千年以上続いてきたものが数多くあります。西陣織や京友禅といった伝統工芸、各地の社寺仏閣、祇園祭などの祭り……。こうした歴史ある文化や風情を現在も楽しむことができるのは、時に途絶えながらも、各時代の人々の受け継いでいこうという執念や努力があったからこそです。

「これだけ長い歴史があるものを守っていくためには、矜持が必要やと思うんです。守るものが多いと、もちろん不自由さも生まれるけど、自分の強さにもアイデンティティにもなると思うんです。それに、守ろうっていう気持ちを持てるのは、自分が関わっているものの価値を理解しているからこそやし、矜持が生まれるのも当然やと思います」
京ことばも、古くから受け継がれてきた文化のひとつ。尾崎さん自身も、「矜持を持って京ことばを継承していきたい」と熱意を込めて語られました。
その土地の言葉にしか表現できない、ニュアンスがある
尾崎さんは最近、京ことばに限らず、関西特有のイントネーションそのものが薄れてきていると感じる場面もあるといいます。そのひとつが、小学校で絵本の読み聞かせをしているときのエピソードです。
親に他府県出身の家庭も増え、子どもたちが自然と標準語を話していることに気がついたのです。
「言葉が変わっていくのは当たり前やと思うんです。それに標準語には、多くの人に理解してもらいやすいという利点があります。そやけど、特定の言語でないと伝えられへんニュアンスもあると思うんです。そやし、わかる人が少数派であっても、生活からなくしたら絶対にアカン。『もったいないな』て思います。
例えば、先生が教室に入って来はったときに、『先生が来た!』って言われたら、ちょっときつい感じがしますやろ。そやけど、『先生が来はった!』って聞いたら、柔らかい感じがします。相手のことを考えて自然と言葉を選んでいて、言った側も言われた側も悪い気せえへん。」

グローバル化が進む現在、標準語だけでなく英語を日常的に目にする機会も多くなりました。例えば「バス」や「タクシー」は、カタカナ以外の言い方は思いつきません。モノだけでなく、「コミュニケーション」などの意味合いも日本語では言い表すのが難しいものです。
このように外の言葉を取り入れるからこそ、特定の概念を端的に正しく共有できるのも事実です。
その一方で、「侘び寂び」のように、多言語への翻訳が難しい言葉もあります。
それは、その土地に根づいた考え方や美意識を映し出しているからこそ。長く使われてきた言葉を失ってしまうということは、その土地で暮らしてきた人々に受け継がれてきた文化や価値観が薄れてしまうことと重なります。
言葉は、生きている
尾崎さんは「京ことばの会」の一員として、修学旅行生を対象に講座も行っています。そのときに、必ず伝えることがあるといいます。
「生徒さんたちには、まず京ことばの歴史や成り立ちを教えます。それから、『みなさんが普段使っているお国ことば(方言)にも、すてきな部分があります。どんな歴史や風土、そして、そこから生まれたどのような気質があってできた言葉なのか、調べてみてくださいね』て伝えています。
全国的にお国ことばを耳にする機会が減ってきました。それは、もう防ぎようがないとは思うんです。そやけど、言葉にはやっぱり、それぞれの土地に根付いたすばらしさがありますさかい」

そんな尾崎さんは今、AIの発達を目の当たりにしながら、言葉の本質について一つの疑問を抱いています。以前、AIに詳しい知人に「京ことばを喋らせてみて」と頼んだところ、返ってきたのは関西弁の「ぼちぼちでんな」でした。
「私が『これ、関西弁やん』と思わずツッコんだら、相手は『まだAIが学習していないだけ。いつかは完璧に喋れるようになるよ』って、言わはったんです。確かに、いつかはAIが京ことばを話せるようになるかもしれません。単なるデータとして言葉を記録していくんやったら、AIでも対応できるやろうとは思います」
現在のAIの進化は目覚ましく、小説もアートも、一見すればプロと見分けがつかないレベルのものをつくることができます。一方で、AIには心や魂がありません。
「言葉っていうのは、やっぱり“生きているもの”やと思うんです。生活に根差していなかったら、なんか嘘っぽいというか意味が空っぽになるような気がして……。
AIがいつか、人間が話している言葉を完璧に使いこなして、完成度の高いアートを作ったとしたら、『言葉ってそもそも何?』『アートって何?』ってなると思うんですよね。言葉は、歴史やその土地の風土、そして今使っている人たちの思いが込められたもの。そやさかい、そうした奥深さも一緒に伝えていきたいなって思っています」
1人でも多くの人に京ことばを知ってほしい……。そんな想いで活動されている尾崎さんは、現在stand.fmやYouTubeにも、京ことばを学べるコンテンツを掲載しています。大切な人に使いたくなる「祈りのことば」やクスッと笑える「隠語」、ほかにも祇園祭をはじめとした京都の風物詩など、その土地の歴史や文化ごとわかりやすく伝えていらっしゃいます。
日々私たちの使う日本語とも深く結びつく京ことば。それは、はるか昔から受け継がれてきた人々の文化や営みそのものであり、「和を以て貴しと為す」という美意識の表れなのかもしれません。








