豊かな海と食文化を守りたい。厄介者の魚のウロコが華やかなファッションになるまで

一見すると、ガラス細工のような、繊細かつ洗練されたピアスやイヤリングに髪飾り。『カリビアン・アモール』は、実は魚の鱗で作られているという唯一無二のアクセサリーブランドです。

厄介者扱いをされてきた鱗が、アクセサリーとして生まれ変わるまでには、どんなエピソードがあったのでしょうか。今回は『カリビアン・アモール』を立ち上げた新明尚美(しんみょう なおみ)さんに、制作への想いを伺いました。

思い出のパナマの海で感じた異変

幼少期の新明さん。パナマの幼稚園での発表会の様子

ご両親の仕事の関係で、幼少期をパナマで過ごしていたという新明さん。中米と南米を結ぶ場所に位置し、カリブ海と太平洋に面したパナマの海は透明度が高く、エメラルドグリーンの水面が印象的だったといいます。

日常のそばにもいつも海がありました。パナマでは、獲った魚をそのまま素揚げして食べるような食事が当たり前。魚の鱗を豪華な髪飾りにし、伝統衣装に身を包み着飾り踊る文化もあります。

しかし、母親と再びパナマを訪れた2008年、そんな思い出の海に異変を感じたそう。

「まず一番に『海から変な臭いがする』と感じたんです。川から流れてきた洗剤の泡があちこちで見られ、以前は無かったヘドロのようなものもありました。」

かつて海水浴のために多くの人で賑わっていたビーチには、水着姿の人は見られなくなっていたといいます。市街地は開発が進み、活気が感じられる反面、大切な思い出の詰まった海の風景が変わってしまったことにショックを受けた新明さん。

「あっという間に環境は変わってしまうんだと実感しました。もう、私の知るパナマの海ではなかったんです。せめて、当時の海を忘れないよう、思い出になるものを日本に持って帰ろうと思いました。」

そこで思いついたのが、魚の鱗。フィッシュマーケットの方に頼んで鱗を大量に購入し、日本に持ち帰りました。

鱗を使ったアクセサリーを制作する新明さん

本格的に鱗アクセサリーづくりを始めたのは、コロナ渦の2020年。結婚を機に埼玉県に移り住んだものの、知人は少なく外出も思うようにできない状態。

そんなとき、母親が「これで何か作ってみたら」と、パナマから日本に持ち帰ってきた鱗をくれたのがきっかけになりました。魚の鱗をアクセサリーに加工するパナマの文化を思い出し、そこからインスピレーションを受けたといいます。

「鱗を使ってほしい」魚を扱う人たちからの熱い想い

鱗は全国から集まる

かねてより、インスタグラムで制作の様子や商品についての投稿をしている新明さん。アクセサリーの素材である魚の鱗は、投稿を見た漁師やフォロワーが厚意で送ってくれるものを使用しています。

鱗は服につくと洗濯しにくいうえに、海産物特有のにおいがするなど、魚を扱う漁師や料理人にとっては厄介な存在。それがゴージャスなアクセサリーに生まれ変わるなら、と面識のない方から鱗が送られてくるのだそうです。最近では奄美大島から『南国三大高級魚』ともいわれるマクブの鱗を送ってくれた方もいました。

「釣りが好きな女性が『少しですが使ってください』と、ご自身が釣った魚の鱗を送ってくれたこともあります。そうやって、私に鱗を託そうとしてくださる皆さんの熱意が嬉しいです」。

気温や湿度で激しく変形する鱗に悪戦苦闘の日々

いざ、鱗アクセサリー作りを始めてみると、制作は困難の連続でした。

パナマ産の鱗が底をつきそうになり国産の鱗を使い始めたものの、国産のものは海外のものよりも薄く、変形しやすいことが分かったのです。きれいに形を整えても、気温や湿度によって形が大きく変わってしまうのだとか。

「例えば花の形のコサージュは、エアコンがきいた室内に入ると蕾のようにグシュっと縮んでしまいます。商品を購入される方には変形することを事前に伝えていても『想像以上の変形でした』と驚かれることが多かったです。」

鱗で作られたイヤリング

試行錯誤の末、ワイヤーで固定し、レジンで仕上げることで変形を最小限に抑えることが可能になりました。それでも、レジンの照射熱で鱗が曲がることがあり、思い通りにいかないことも多いといいます。

さらに、染色には今でも苦労しているとのこと。

はじめはマニキュアで色をつけていましたが、自身が新型コロナウイルスに感染し、その後の後遺症で化学物質に過敏な体質になってしまったのです。そこで、天然のもので染めてみようと思い立ち参考にしたのが、日本の伝統的な染色方法である『草木染』。

鱗を染める方法については前例がないため、草木染を参考にしながらも独自のスタイルを自力で編み出していきました。

紫蘇で染めた鱗を乾燥させている

染色のアイデアが湧くのは、料理や食事の最中だといいます。例えば、赤大根や紅ショウガを漬けた赤い汁。「捨てるのがもったいない」という気持ちから染色に使い始めました。

結果は、鮮やかなピンク色に染まり大成功。それからは、料理をしながら「使えそう」と思ったもので試すようになりました。

しかし、思い通りの色に染まることばかりではありません。

紫芋を使って紫色に染めようと思ったら灰色になったり、染色に使う液の酸が強くて鱗が溶けたりするなどの経験もありました。それだけでなく、同じ素材を使っても染まり具合が変わることもあります。染色にかかる期間は約2週間。材料によって染色の適切な期間は異なるため、試行錯誤の日々だといいます。

制作を通じて魚との関係を見つめ直すように

新明さんは制作活動を行いながら、魚との関係を見つめ直す機会が訪れるといいます。

以前、新明さんがインスタグラムで「魚をどのくらい食べるか」というアンケートを取ったところ、「魚はほとんど食べない」という回答が。

海に囲まれた島国に住み、海産物に恵まれている日本人がほとんど魚を食べないという事実に、新明さんは衝撃を受けました。

知り合いの漁師からは「日本の海の環境が変わってきている。食べられるうちに魚は食べておいたほうが良い」と言われたことから、日本の食文化が失われてしまうような危機感を覚え、制作への意識が変わったといいます。

”魚を食べる”日本の伝統的な食文化を守りたい

看護師として働いていたことのある新明さんは、食生活の乱れによって体調を崩す患者を多く見てきた経験もあり、鱗アクセサリーをきっかけに、魚を食べる日本の食文化を伝え、人々の健康を守れないかと考え始めています。

その想いが届いたのか、最近は「これまで見向きもしなかったスーパーの鮮魚コーナーに足を運ぶようになった」というコメントが送られてくるようになりました。

これまで面倒な存在だった鱗を通して、新明さんは人々の魚への考えが変わってきていることを実感している

「魚を食べることが身近になれば、結果的に日本の食文化を守り、人々の健康を守ることになるのではと考えています。私の活動を通じて、少しでも多くの人が魚に対して興味を持ってくれたら嬉しいです。」

より幅広い人々に興味を持ってもらうべく、新明さんは現在、男性向けのアクセサリーやキーホルダーなど、さまざまな商品の制作にも励んでいます。彼女の手によってこれからどんな鱗グッズが生まれるのか、今後の活動に期待が高まります。

公式Instagram:
https://www.instagram.com/caribbean.amor

オンラインショップURL:
https://caribbean.shopselect.net

Follow us!

この記事を書いた人

ネイチャーガイド兼ライター。
多くの人に自然に親しんでほしいと、自然体験のイベントを実施しています。山と海と温泉が好きな、自然好きライターです。ライティングでは主に、農家さんへの取材記事を執筆しています。