新型コロナの影響を受けオンライン開催となった2021年を乗り越え、2023年10月5日からの8日間、リアルでの開催が予定される山形国際ドキュメンタリー映画祭。
クリエイティビティ溢れるドキュメンタリー映画と山形という魅力的な土地が相乗効果を生み出す映画祭は、ドキュメンタリー好きでなくても一度は足を運びたい“お祭り”です。
今回は、山形国際ドキュメンタリー映画祭理事の藤岡朝子さん、広報の村田悦子さんのお二人に、山形国際ドキュメンタリー映画祭とドキュメンタリー作品の魅力、そして2023年の映画祭の見どころを伺いました。
日本が世界に誇るヤマガタって実はこんな場所
東京から新幹線で約2時間半の山形県山形市。山形と聞くと、樹氷で有名な蔵王や、芋煮などの郷土料理を思い浮かべる人も多いかも知れません。
実は、山形は日本で初めてユネスコ創造都市ネットワークに認定された映画都市として、世界でも有名な都市。
もともと映画上映が盛んな街であり、中でもシンボル的なイベントとなっているのが、2年に一度開かれる山形国際ドキュメンタリー映画祭(以下YIDFF)です。
全国でもトップクラスの映画スクリーン数を誇る映画の街、山形市で30年以上、2年に一度開催されてきたYIDFFでは、2000本以上の応募がある中から、例年150~200本ほどの映画を上映。世界から集まる珠玉のドキュメンタリー作品をいち早く目撃できる映画祭であるとともに、若手監督を輩出するアジアドキュメンタリー映画の登竜門としても知られています。
2019年の動員数は約23,000人。期間中は、市内数か所の会場で一日中ドキュメンタリー映画が上映され、参加者は音楽フェスのように、思い思いに映画を楽しみます。
市内は、国内外から訪れる映画関係者や愛好者で活気づき、人々がドキュメンタリー映画について語りつくす一週間となります。
リアルを写し、貴重な記録として受け継がれるドキュメンタリー
豪華な俳優が出演し、大きく広告を打つような劇映画とは違った魅力がドキュメンタリー映画にはあります。
「ドキュメンタリーには、現地にいるからこそ撮影できるリアルがそこには映し出されています。報道とは違った角度から、世界の今を知ることができるんです。」
藤岡さんはそのようにドキュメンタリー映画を語ります。
「さらに、過去の歴史を知ることができる側面もドキュメンタリー映画は持ち合わせています。YIDFFは最新作を上映するだけではなく、過去の作品を保存するライブラリーを保有しており、国内外の貴重な記録を歴史的な資料として後世に継承する役割も担っています。映画祭期間外に山形へ鑑賞に訪れる方もいますよ。」
監督自身が写したいもの、伝えたいことが映像になって現れるドキュメンタリー映画。二度と出会うことのない一瞬の連続が詰まった映像には、普段の生活では知り得ない光景が広がっています。それはお金で価値をつけられるものではなく、それらを受け継いでいくこともまた世界にとって大きな意味のあることなのです。
地域や人との繋がりが感じられる「市民による映画祭」
市民ボランティアや、地元企業によって支えられていることもYIDFFの大きな特徴です。
「近年都会では失われてしまいつつある人と人のつながりが山形には生き続けているんです。映画祭期間中は、映画祭公認の交流の居酒屋“香味庵”で、ボランティア、監督、参加者、みなが集いフラットに交流を楽しみます。レッドカーペットをスターが歩くきらびやかな映画祭とはまた違った魅力がありますよね。」と藤岡さんは語ります。
ボランティアスタッフには地元住民や近隣大学の生徒など、多くの市民が参加しており、上映会場や香味庵の運営をはじめ、英語が話せるスタッフであれば来日した監督のアテンドや字幕のない作品の同時通訳なども担っています。
またYIDFFの黎明に精神的な柱だった小川紳介監督率いる小川プロの存在も映画祭を語る上で欠かせない存在です。彼らが成田空港建設反対闘争を描いた“三里塚”シリーズの後、山形に移住して映画製作を続けたことが、山形を映画の街にした大きな礎となったのです。
人と映画との偶然的な出会いを楽しむという贅沢さ
期間中、参加者はプログラムを手に会場を巡り、朝から夜まで様々な作品を鑑賞します。
作品は、長いものだと3時間以上に及ぶ長編作品もあり、その空き時間や食事時に、地元のお店で一息つくというのが、多くの参加者のルーティーン。そして夜は、米どころ山形産の日本酒をたしなみながら映画の感想を語り合う時間を過ごし、翌朝には作品鑑賞から一日が始まるのです。
そんなYIDFFでは、監督や評論家などの専門家、地元住民や遠方からの参加者など誰もが訪れることのできる“香味庵”を中心に、多くの出会いがあります。
「映画鑑賞後に監督と出会うことができたり、初めて出会った人同士であっても同じ作品を観たもの同士ああでもない、こうでもないと語り合うことができたりする映画祭であることも大きな醍醐味です。」と藤岡さんは言います。
「映画鑑賞後に立ち話をしていたらお目当ての作品を見逃してしまい、しかたなく入った別作品が思いがけずとても良い作品だった、など、作品との予期せぬ出会いも起こります。このような偶然や奇跡を楽しむのも、オンライン上映では味わうことのできない体験です。」
宣伝内容やレビューを事前にチェックする情報先行型の見方や、タイムパフォーマンスを考える映像の視聴方法が主流となりつつある中、YIDFFの面白さは全く逆の、思いもよらない映画や人との出会いにあります。縁に身を任せて偶然を楽しむという贅沢な時間を参加者にもたらしてくれるのです。
2023年山形国際ドキュメンタリー映画祭の楽しみ方
2023年のYIDFFで注目したい作品を、プログラム別に広報の村田さんにお聞きしました。
「インターナショナル・コンペティションプログラムでは、ウクライナの作品が2作品上映されます。監督自身が救護兵として前線に参加した様子や兵士たちの休暇などを映し出した「東部戦線」、そして、ゼレンスキー大統領が当選した選挙の年の市民たちを追った「三人の女たち」です。
2作品ともウクライナを撮った作品ですが、全く違った切り口で、どちらも大変見ごたえがある作品です。
アジア千波万波プログラムでは、ミャンマーの「地の上、地の下」、「鳥が飛び立つとき」、「負け戦でも」の3本が上映されます。混乱が続くミャンマーですが、現地で一般市民の犠牲者が出ていることなどの実情は、日本ではあまり伝わっていないように思います。そこで同じアジアの国として、ミャンマーの作品をYIDFFでお届けしたいと考えています。
やまがたと映画プログラムからは、山形の肘折温泉全編ロケ作品の「雪の詩」がおすすめです。肘折温泉は、昔から湯治場として多くのアーティストや作家などの文化人が集う場所で、映画も例外ではなく、過去に多くの作品が製作される舞台でした。
今回1976年に撮られた「雪の詩」のフィルムが47年ぶりに発掘されたことにより、上映される運びとなりました。本作は劇映画ですが、70年代の街並みを背景に多くの地元民がエキストラとして参加しており、当時の様子がフィルムを通してよみがえる様はドキュメンタリー性を持ち合わせています。
野田真吉特集:モノと生の祝祭プログラムにも注目していただきたいです。野田真吉は、戦前から東宝映画の文化映画部で演出を手掛け、企業PR映画や民俗芸能映画などの記録映像をはじめとし、地元のお祭り、ニュース映像など幅広い映像を残した人物です。
早くから映像民俗学に取り組み、「日本映像民俗学の会」を立ち上げた人物でありながら、国内でもほとんどフィーチャーされてこなかった彼の作品が、一挙に上映される貴重な機会です。」
ドキュメンタリー映画と聞くと、馴染みのない方には“著名人のライフストーリーを追った作品”や“自然をテーマにした作品”などが思い浮かぶかも知れません。
しかし、ドキュメンタリー映画と一口に言っても実は多種多様。社会問題、アートや人々の日常を追った作品など人間の活動にまつわる全ての事柄が作品の題材となり得るのです。
「YIDFFでは、監督がドキュメンタリー映画と称すれば応募可能なのも面白いところです。」と村田さんは話します。
そのため“これってドキュメンタリー映画なの!?”と感じるようなクリエイティブに富んだ作品もあり、これまでのドキュメンタリー映画の固定概念を覆す出会いが期待できます。
コロナが明けて初めての開催。ヤマガタにまた“お祭り”が戻ってくる!
現地の山形では、映画祭以外の期間も、ドキュメンタリー企画を磨く育成ワークショップや山形県各地での上映会、映画にまつわるワークショップなど多くの活動が行われています。
山形で日々行われているローカルな活動と、世界の作品が集う2年に一度のグローバルな映画祭。
地元の人に大切に紡がれ、親しまれていることこそ、映画祭が多くの人々を魅了し続けている所以なのかもしれません。
ヤマガタで、世界の今を知る一週間。これまでドキュメンタリー映画に縁がなかった方も、作品と出会いにどっぷり浸かる豊かな時間を過ごしに、映画祭を訪れてみては。
山形国際ドキュメンタリー映画祭2023
10月5日(木)~10月12日(木)
公式サイト:www.yidff.jp/2023/
※U-NEXTに映画祭特集プログラムで過去上映作品を配信《9月下旬開始》
https://video.unext.jp/browse/feature/FET0001939