「誰もがつくられた“美しさ”に悩んでいる」SOLIT!のモデルが障がいを隠さずにランウェイに立つ理由

2024年4月に開催されるバンクーバーファッションウィーク。主催側から直々にオファーを受けて参加するのは、インクルーシブデザインを展開する日本のファッションブランドのSOLIT!です。

SOLIT株式会社では、ファッションウィークの出演にあたり、バックグラウンドも、生まれた土地も、障がいの有無も異なる7名のモデルを選出。
4月の本番に向かって準備を着々と進める今、SOLIT株式会社代表の田中美咲さん、モデルとしてランウェイに立つ芳坂映由花さん、同じくモデルの水口ミライさんに今回のファッションウィークに参加する意義を伺いました。

プロフィール

田中 美咲さん

SOLIT株式会社代表取締役。1988年生まれ。自然災害・気候変動に関するNGOを8年運営した後、大学院でMBAを取得。在学中に車いすユーザーや宗教上着られない服がある人など多様な仲間と出会い、洋服が量産されている中で、着るものが少ない人々がいることを知る。オールインクルーシブな社会を目指し、2020年にファッションブランドSOLIT!を創業。

芳坂 映由花(よしざか はゆか)さん

1988年生まれ。大学院修了目前に交通事故に遭ったことをきっかけに幼少期からの夢であった俳優を目指すことを決心。長期入院、壮絶なリハビリを経て上京し芸能活動を始める。虐待サバイバーであることや発達障がい、交通事故による後遺症・傷跡を隠さず、モデルや俳優として様々な作品に出演。

水口 ミライさん

2007年生まれ。生まれつき耳が聞こえず、幼稚園から聾学校に通う。現在、高校2年生。中学2年生から、障がい者専門芸能事務所アクセシビューティーマネジメントに所属し、モデル・俳優として活動をしている。

SOLIT!とは?

多様な人も動植物も地球環境も、誰もどれも取り残さないことをテーマに掲げ、障がいのあるなしに関わらず着用できるデザインの衣服を提案するファッションブランド。また「完全受注生産」などを取り入れ、アパレル産業の大量生産によって引き起こされる環境負荷などの軽減に取り組むなど、エシカルな社会の在り方を、ファッションを通じて目指している。

今回SOLIT!が挑むのは、「美の固定化」を覆すこと。エシカルファッションというと、作り手の人権やサステナブルな素材に注目されがちだが、そこからさらに一歩踏み込み、多様なアイデンティティを持つモデルがファッションを表現することで、これまで固定されてきた「美しさ」を壊し、美しさとはもっと自由で多様であることを発信している。

きっかけは、「誰でも自分らしく生きられる社会のためのヒーローになりたかったから」

―まずは今回この大きなプロジェクトに参加したきっかけを教えてください。

芳坂さん:SOLIT!では、以前モデルを務めさせていただいた経験があり、もともとファンでもありました。撮影の時に現場の温かさに感動し、短期的な関わり以外に、チームとして長期的に関われたら嬉しいと思ってチャンスを待っていたんです。そこにこの募集があり、すぐに応募を決めました。

水口さん:私は所属事務所の紹介でSOLIT!を知ったのがきっかけです。ファッションを通して社会問題を解決するというテーマに魅力を感じ、応募を決意しました。私自身、“誰もが自分らしく生きられる社会のためのヒーロー”を目指して活動しているので、オーディションのことを知った時、「これはやらないと!」と思いました。

―お二人とも、ちょうど良いタイミングでオーディションがあり、応募されたのですね。ご自身のモデルとしての特徴やチャームポイントはどこですか。

芳坂さん:体型、交通事故による傷跡やそれによる身体的な障がい、自閉スペクトラム症とADHD、虐待によるPTSDがあることを隠さずに活動しているところです。
私は学生時代にトラックにはねられ、右脚、右手首、左手首に重傷を負い、長い間リハビリを行いました。今でも立ったままだと痛みが出るときがあります。
また、俳優をしているので感情表現が得意です。前職はコピーライターをしていたりナレーターやイベント司会の経験もあるので、話せる、聞ける、書けるモデルであることがチャームポイントだと思います。

水口さん:私は、クールなポージングが得意なところです。芸能界に入った当初はお芝居をすることしか考えていませんでしたが、所属事務所のスクールで、プロの先生によるレッスンを受けたことがきっかけで、モデルとしても活躍したいという目標ができました。
その時から1番磨いてきたのが、クールなポージングです。そして、聾者だと伝わる補聴器も私のチャームポイントだと思います!

“心身ともに健康な人”という条件がなくなる社会に

―お二人が芸能活動を始められたのはいつ頃からですか。

芳坂さん:私は交通事故に遭ってからです。芸能活動は幼少期からの夢でしたが家庭環境的に目指せる状況ではありませんでした。しかし、事故に遭って「こんな真面目に生きてきたのに、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ!これからは本当に自分のしたかったことをして生きていく!」と決意しました。
長期間の入院、リハビリをしながらの会社員時代を経て上京し活動を始めました。最初は、私のことを思って、「傷があるのになれるわけないじゃん」「わざわざそんな辛い道に行かなくても…」という声をたくさんもらいましたね。

水口さん:私は、2年前の中学2年生の冬からです。中学1年生のころ、コロナで家にいる時間が多くなったときにミニドラマを自分で撮ってSNSに載せていました。もっと技術を上げたいと思い、色々な映画を観始め、俳優さんが演技を通してメッセージを伝える姿を見て、私も演じる人になりたい!と思ったのがきっかけです。
ただ、芸能活動をしたくて色々な事務所に連絡をしたのですが、聞こえないことを理由に断れてかなり落ち込みました。その時に母が見つけてくれたのが今の事務所です。

芳坂さん:今でも多くの募集要項に“心身ともに健康な人”という条件が書かれていますよね。障がいや疾患などがある人に無言で、“受けてくるなよ”と伝えているように感じてしまいます。能力などの前に、障がいのあるなしで振り落とされてしまうんです。

田中さん:普段、障がいがある人と出会っていない人からすると、デメリットの方を考えてしまうんですよね。それで“お断り”となってしまう…。

芳坂さん:障がい者雇用に目を向けても、そもそも給与が全然違ったり、仕事内容が全然違うというのも全く珍しくないことですよね。求人が限られているのが現実です。

水口さん:今後、障がいを理由に断るという今の当たり前をなくしていくことも、私の目標のひとつです!

だれもが周りによって作られた“美しさ”に苦しんでいる

―SOLIT !では「美の固定化」を覆すことをテーマにしています。みなさんは、生活の中で「美の固定化」を感じることはありますか。

田中さん:みんな何らかの無意識の思い込みを持っているけれど、特に日本では、アイドルやインフルエンサー、俳優さんが正解になってしまっている気がします。細くて肌が白く、ふわっとしたメイクで、髪が長い女性が“きれい”になってしまう。そして、それ以外は醜いと認識してしまうことによって、自己否定に陥りやすいと思っています。

芳坂さん:俳優やモデルの活動の中で、基本的にヒロインやモデルといえば、スタイルがよくて、かわいい、もしくはきれいが当たり前という固定概念はやっぱり根強いと思いますし、その人たちが美の基準になっているとも思います。
健常者で、若くて、かわいくて、きれいで、体に傷がない人じゃないとモデルや俳優にはなれないという認識も世間では一般的なのではないでしょうか。

水口さん:私は自分の体型のことで悩んでいた時期があり、その時食事を極端に制限したことで、身長に対して軽すぎる体重になってしまいました。当時の私と同じように、固定された美意識に囚われてしまうことで、体や心の健康を崩す人が多いと聞くので、そのような辛い経験をする人が減ってほしいと思います。
“決まった形に全員が合わせないといけない”ではなく、それぞれの形で生き生きと生きられる社会になって欲しいです。ただ、多様性の社会のためと思ってとった行動でも、伝え方などを間違えると差別にもなり得るので、そこは難しい課題だなと思います。

―「美の固定化」によって、実際に生きにくさを感じた経験はありますか。

芳坂さん:みんな感じたことはありますよね。“美しい”とされているモデルさんや女優さんだって、パブリックイメージを守るために悩んでいるはずです。
これは外見に限ったことではないと思います。私は離婚経験があるのですが、“離婚経験はみっともないから隠しなさい”と言われたことがあります。

水口:私は顔のソバカスを馬鹿されたり、体型について先生にからかわれたりした経験もあります。後から冗談のつもりだったと言われましたが、言われた方は冗談で終われないですよ。

田中:私の場合は、皮膚疾患とアレルギーがあるのが、幼少期からのコンプレックスでした。それから、ぽっちゃりしている体型は、美しくないんだと思い込んでいましたね。本当はフリフリの洋服を着たかったんですが、体型を理由に諦めながら生きてきたところがあります。

美しいと思うのは、「外見・内面ともに自分の在りたい姿を体現している人」

―ご自身が思う“美しさ”はどんなところにありますか。

田中:私は“美しい”と聞くと、ある方が浮かびます。“現代のマザー・テレサ”とも言われる、バリ島で助産師をされているロビン・リムさんです。何度か直接お会いしていますが、嘘、偽りがなく、純粋無垢な方です。愛という言葉を人間にしたらこういう人なんだなと思っています。表層的な美ではなく人間の核となる部分の美しさこそ、私が大切にしたいことです。

芳坂さん:私が考える“美しさ”は、外見、内面ともに自分の在りたい姿を体現していることですかね。例えば、私は仕事が大好きなんですが、疲れてよれよれになっていても全力で頑張っている自分は美しいと感じます。でも、そもそも“美しく”ある必要さえないとも思いますね。

水口さん:私は、自分に自信を持っている人が美しいと思います!自信を持って発言したり、行動したりしている方を見ると輝いて見えますね。私も、自分自身とたくさん向き合って自分をもっと好きになり、自信を持つ気持ちを高めていけたらと思っています。

多様な人が集まる中で、一緒に時間を過ごすことの大切さを感じた今回のプロジェクト

―次に、バンクーバーファッションウィーク(以下VFW)についてお聞きしたいと思います。2024年4月の開催に向けて、みなさん準備を進めていらっしゃると思いますが、どのような特徴のあるファッションウィークなのでしょうか。

田中さん:世界中で様々なコレクションやファッションウィークが開催されますが、VFWは唯一多様性がテーマです。華やかさや流行などではなく、モデルやブランドの多様性を重視している点が他との大きな違いです。
運営側から直接連絡が来たときは「嘘でしょ!?」と疑いましたが、本物のVFWであることが分かり、本当に驚きました。

―本番に向けて、SOLIT!のモデルのみなさんはどんな準備をされているのでしょうか。

田中さん:9月に初めてモデル全員で集まり、そこから約7か月経ちます。公式では8回のプログラムを用意し、プロフェッショナルであるということはどういうことなのかという基礎的なことから、表現方法に至るまで、プロの先生から学びました。また、みんなで今回のプロジェクトのコンセプトについて考えたり、写真撮影に向けた話し合いをしたりもしましたね。

芳坂さん:みんなで集まる以外にも、チャットで毎日のようにやり取りしていますね。モデルたちが自主的に集まって、オフラインで練習をして、ミーティングも何回もしています。

―多様なモデルさんが集まり、ひとつのチームとして動いている中で、難しさを感じるときはありましたか。

芳坂さん:バックグラウンド、年齢、性別がばらばらで、障がいの有無の違いがある中、モデルによって作業負担が変わってきてしまうところは戸惑いを感じましたね。
また言語的な部分で、ミライちゃんやアフリカ出身のモエバとのコミュニケーションの難しさを感じたこともあります。でも、一緒に活動するうちにだんだんお互いを理解できるようになってきました。時間を一緒に過ごす大切さを感じましたね。

水口さん:第一言語が日本手話の私は、日本語の文法が苦手です。チームと過ごす中で会話や指示に追いつけないことも多いですが、モデル仲間やスタッフの皆さんが、翻訳アプリを使ってくれたり、文字を打ってくれたりするのでとてもありがたいです。
スマホを使えないランウェイでは音楽のタイミングがわからないので、その時は合図を送ってもらいます。田中さんが手話を習いに行ってくださったり、皆さんが簡単な手話を覚えて使ってくれたりすることがとても嬉しいです!

芳坂さん:一緒に活動するうちに、それぞれの得意が見えてきましたね。きっちりと役割が決まっているわけではないけれど、とても安心して過ごせるメンバーです。

想像を超えるインクルーシブなランウェイを楽しんでほしい

―とても素敵な関係性であることが伝わってきます。そんな皆さんで挑む、VFWへの意気込みを教えてください。

芳坂さん:オールインクルーシブというSOLIT!の世界観が詰まったランウェイを準備しています。私は、SOLIT!の洋服はオンでもオフでも着られるということを、表情豊かに表現していきたいですね。
今回の活動では、傷跡や障がい、虐待を受けた過去などを隠さずに活動している私がランウェイに立つことで、様々な生きづらさを抱える人の希望になりたいと思っています。人生は自分自身の決断と行動の連続で少しずつ変えていけることを伝えたいです。それは社会も同じで、一人ひとりの決断と行動がオールインクルーシブな社会の実現へと繋がっていると信じています。

水口さん:映由花さんがおっしゃっている通り、皆さんがもつランウェイのイメージをいい意味で裏切れると思います。SOLIT!のステージでは、本来当たり前に存在する多様な個性を表現します。
その中で、モデル一人ひとりのテーマをイメージしていただけるよう工夫をしています。私の場合は耳が聞こえないことがわかるような表現を取り入れていますので、それが皆さんに届くよう、本番は頑張ります!

今後も、夢をあきらめなくて良いということを伝える活動を

―最後に、VFWが終わった後にチャレンジしていきたいことを教えてください。

芳坂さん:最近ゲスト講師として中学校に呼んでいただき、傷や障がいがあっても夢は追えるという話をしたのですが、生徒から思った以上の反響がありました。自分の体験や考え方を伝えることで、誰かにポジティブな影響を与えることができることを改めて実感しました。
今後は、固定化された美に当てはまらない当事者として、国内外で俳優やモデルの活動を拡大することはもちろん、SNS、テレビ、広告、本の執筆、講演会などの活動を積極的に行い、私の生き方や考え方をより多くの人に知ってもらえる機会を作っていきたいです。

水口:今回のランウェイを通して学ぶことがたくさんあります。それを自分自身に留めることなく、“誰もが自分らしく生きられる社会のためのヒーロー”として、発信を続けていけたらと思います。そして、モデルとして初の海外でのお仕事を「やったぞ~!」と伝えていくことで、たくさんの方に「自分も夢を諦めないぞ!」と思っていただけたら嬉しいです。もちろん私自身も、俳優やモデルとして、益々成長していきたいです。

田中さん:ファッション以外の分野でも、インクルーシブな選択肢を増やしていきたいと思っています。衣・食・住はもちろん、公園やビルなどもそうですね。社会全体のシステムを変えていくことに挑戦していきたいと思っています。

写真提供/SOLIT(撮影:丸山 晴生・斉藤 澄恵)
SOLIT公式HP:https://solit-japan.com/

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