紫式部を主人公とした、2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』。本作がきっかけで、平安時代に興味を持った方も多いのではないでしょうか。
平安時代はその名の通り、平和な時代でした。そのために独自の文化が発展し、日本らしさのベース が形成されたといえるでしょう。どんどんグローバル化していく現代にこそ、日本の文化の基盤が築かれたプロセスを知ることは、とても重要なことではないでしょうか。
本連載では、さまざまな視点から平安時代を紐解き、「豊かな文化」とは何なのかを考えていきます。
今回のテーマは「平安時代にから現代に伝わる行事や文化」です。
多くの文化が生まれた平安時代
『源氏物語』の作者・紫式部が生きた時代は、藤原氏の摂関政治が行われた時代(10世紀~11世紀)でした。この時代の文化を国風文化、もしくは藤原文化といいます。
国風文化は、894年に遣唐使が廃止されたことからおこりました。遣唐使の廃止によって唐との交流が途絶え、国内では独特の文化が発展することになります。
たとえば、優れた和歌などのほか、女性作家の輩出によって数々の名文学が誕生しました。
『源氏物語』はもちろんのこと、清少納言の随筆『枕草子』や、藤原道綱母による『蜻蛉日記』など、現在も多くの人に読み継がれている物語が存在しています。
ほかにも、『光る君へ』で度々登場する藤原兼家の屋敷「東三条殿」は、平安時代に確立した代表的な寝殿造の建物です。
十二単や男性の服装である直衣(のうし)といった装いが生まれるなど、日本独自の美しさやみやびやかさが育った時代でもありました。
平安時代から伝わり、現代にも残る伝統文化や慣習
ひな祭りなどの伝統行事
桃の節句や端午の節句、七夕など、現代を生きる私たちになじみの深いイベントも、平安時代の行事や儀式がもととなり、発展したものです。
平安時代には、3月上旬の最初の巳(み)の日、水辺で穢れを祓う「上巳の祓(じょうしのはらえ)」という儀式がありました。この様子は『源氏物語』十二帖「須磨」でも描かれています。政敵の策によって都を追われた光源氏が、流刑先の須磨の地にて、身代わりになる「人形」を海に流し、自らの罪や穢れを祓ったのです。
また、当時の宮中や貴族の子女の間では、紙の人形を使った「雛遊び(ひなあそび)」が盛んになりました。
やがてこの儀式と遊びが重なり合い、現在のようなひな祭りに繋がったと言われています。
端午の節句は、平安時代に年中行事のひとつとして行われていた5月5日の「端午の節会(たんごのせちえ)」がもととなっています。
人々は邪気を払うため、菖蒲草(あやめぐさ)を軒に置き、薬草などを袋に入れて、菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)などを結び付けた薬玉(くすだま)を贈り合いました。
七夕行事もまた、平安時代から貴族のあいだで行われていた行事のひとつです。
桃、梨、茄子や瓜、大豆や干した鯛、アワビなどを供えるほか、詩歌や演奏を楽しむほか、星空の鑑賞も行われました。
また、サトイモの葉に溜まった夜露は「天の川のしずく」と考えられ、墨を溶かすのに使われました。溶いた墨で梶の葉に願い事を書くという風習もあったそうです。
桃の節句、端午の節句、七夕はどれも、江戸時代に庶民のあいだで浸透し、現在の形になったと言われています。
書初めなど「書」を楽しむ文化
平安時代には、「ひらがな」「カタカナ」などの日本独自の文字が誕生しました。
万葉仮名で使われていた漢字を、極端に崩したものが「ひらがな」です。 公的な場面で男性によって使われていた漢字に対し、ひらがなは、当時女性が使うものとされていました。
また、年始や政始 (まつりごとはじめ)に文章を奏上する「吉書の奏(きっしょのそう)」という儀式は、現在の「書初め」の起源になったといわれています。貴族たちは、新年の挨拶や贈り物など、たびたび「書」を交わしていました。
「日記」を書く習慣
藤原道長が書いた『御堂関白記』に代表されるように、平安時代の貴族たちは公私にわたるさまざまなことを日記にしたためていました。これは現代において、当時のひとびとの暮らしを知るための貴重な資料となっています。
大河ドラマ『光る君へ』でも度々描かれている、ロバート秋山さん演じる藤原実資が綴った『小右記(しょうゆうき)』もまた有名です。
また、『蜻蛉日記』や『更級日記』など、現在日記文学と呼ばれるジャンルも誕生しました。
琴や琵琶など日本独自の楽器
平安時代は、貴族のたしなみとして、さまざまな楽器の演奏が行われました。
特に好んで演奏されていたのは琵琶(びわ)や笙(しょう)、和琴などです。これらは現代でも、日本の伝統芸能のひとつである雅楽などで使用されています。
古くから伝わる「国風歌舞(くにぶりのうたまい)」は、皇室や神社の祭礼などで演奏される特別な歌舞です。日本固有の歌と舞として、平安時代に完成したといわれています。
唐絵をアレンジした「やまと絵」
飛鳥時代、奈良時代にもたらされた唐絵(中国由来)をアレンジして発展した「やまと絵」。これもまた、平安時代に誕生した重要な文化のひとつです。
唐絵とは、中国の風物や人物などを題材にした絵のことです。これらに影響を受け、国内では日本の風俗や文化を描いた「やまと絵」が多く誕生しました。『源氏物語』の各場面を描いた『源氏物語絵巻』もそのひとつです。
ペットとして猫を飼うこと
それまではネズミ捕りとして導入されていた猫を、ペットとして愛玩するようになったのは平安時代からです。
『枕草子』や『源氏物語』のなかにも、帝や身分の高い人びとが猫をかわいがる様子が描かれています。大河ドラマ『光る君へ』でも、道長の妻となった倫子が猫を飼っている描写がありますね。
今でもペットとして人気の猫は、実は平安時代にもブームが到来していたのです。
囲碁やすごろくなど豊富な遊び
平安時代には、現在の私たちにも親しまれる多くの遊びが発展しました。
たとえば、奈良時代に唐から輸入され、平安貴族が好んで遊んだといわれる「囲碁」や「双六(すごろく)」は、現在でも家庭的なゲームのひとつとして多くの人に親しまれています。
スポーツでは、8人または6人が輪になって、革製の毬を蹴って遊ぶ「蹴鞠(けまり)」、乗馬して毬を相手方のゴールへ入れる「打毬」などが盛んに行われていました。『光る君へ』でもその様子が再現されています。これらのスポーツは、現在も宮内庁の催しなどで披露されています。
日常のなかで日本を感じてみよう
平安時代の伝統文化を知ると、1000年前の人々の暮らしが現在の私たちにも繋がっている、ということがわかります。
身近な日常のなかに息づく平安時代からの文化を知ることで、現代の生活にも生きる「日本らしさ」の姿を見つめ直せるのではないでしょうか。