平安時代の衣食住から学ぶ、自然と調和する暮らし【平安時代を紐解く】

紫式部を主人公とした、2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』。本作がきっかけで、平安時代に興味を持った方も多いのではないでしょうか。

平安時代はその名の通り、平和な時代でした。そのために独自の文化が発展し、日本らしさのベース が形成されたといえるでしょう。どんどんグローバル化していく現代にこそ、日本の文化の基盤が築かれたプロセスを知ることは、とても重要なことではないでしょうか。

本連載では、さまざまな視点から平安時代を紐解き、「豊かな文化」とは何なのかを考えていきます。

今回のテーマは「平安時代の衣食住から学ぶ、自然と調和する暮らし」です。

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四季と自然を愛した平安時代の人々

出典:pexels.com

『光る君へ』では、貴族の姫たちが纏う色とりどりの衣裳や、平安時代独特の建築様式など、美しく優雅な生活が映し出され、視聴者の目を楽しませてくれています。
そのような平安時代の貴族の暮らしは、日本独特の気候や自然とうまく調和したものでした。

清少納言の書いた『枕草子』では、春夏秋冬それぞれの美しさ・素晴らしさについて綴られています。
大河ドラマ『光る君へ』の中で、清少納言が失意に沈む主君・藤原定子に向け、「春はあけぼの……」で始まる文章をおくるシーンは印象に残った方も多いのではないでしょうか。

このようなことからも、平安時代の人びとが四季や自然を愛し、それを楽しむ暮らしを送っていたことがわかります。

そんな彼らの生活は、四季や自然とどのようなかかわりを持っていたのでしょうか。
衣・食・住に分けてみていきましょう。

平安時代の「衣」~色や着こなしで季節を楽しむ~

出典:photo-ac.com

平安時代の貴族の女性たちは、着物も何枚も重ねた十二単(じゅうにひとえ)を着用する際、複雑なグラデーションを演出しておしゃれを楽しみ、男性もまた、普段着である「直衣(のうし)」や「束帯(そくたい)」と呼ばれる勤務用の服など、シチュエーションにあわせてさまざまな装束を着ていました。

平安時代の装束の特徴として、異なる色彩を重ねて着ることを楽しんでいました。100以上の種類がある配色パターンがあり、これを「重ね色目(いろめ)」といいます。

そこで使われたのは、日本の四季や植物が由来になっている「伝統色」です。

平安時代の人々に最も愛された花のひとつである梅を表現したのが、「紅梅(こうばい)」です。さらに、春に芽吹いた若葉のような「浅緑(あさみどり)」など、さまざまな色に植物の名前がついています。

平安時代の貴族たちは重ね色目を参考に、季節やイベントごとに合わせた着こなしを楽しんでいたのです。

平安時代の「食」~四季折々の食材を活かす、和食の原型~

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平安時代の貴族たちの食事は、ほとんど味付けのされていない、四季折々の食材の味を生かしたものでした。

すでにこの頃から、焼く、煮る、蒸すなど現在と同じような調理法で、食卓には主食のほか、汁物や魚、野菜のおかずがあったとされています。

貴族は、焼き魚、雉などの肉、あわびの汁物、サザエやウニといった魚介類など、さまざまな種類の食材を楽しんでいました。

平安時代の絵巻物には、現在の和食の基本である「一汁三菜」が並んでいる食事風景が描かれていることから、平安時代の食事が「和食」の原型になったといわれています。

また、『源氏物語』には、夏の暑さから涼をとるため、氷水をかけた「水飯(すいはん)」が登場します。当時、氷は特権階級しか食べられない貴重なもので、冬に貯蔵して夏に食していたといいます。

この頃には、氷にアマズラという植物の樹液で作った甘味料をかけて食べる、かき氷のような食べ方があったことが『枕草子』にも書かれています

平安時代の「住」~自然との暮らしを意識した寝殿造り~

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平安時代の貴族は、一般的に「寝殿造り」という建築様式の建物に住んでいました。

広い敷地内の中央には、その屋敷の主人が住む「寝殿」がおかれ、そこから東、西、北などに妻や子女が住む別棟が置かれているのが大きな特徴です。

この寝殿造りこそ、平安時代の人びとが自然と調和した生活を送っていた象徴と言えるでしょう。

たとえば、夏には暑い日差しをさえぎる効果がありますし、風通しがいいために、湿気がたまらないという利点もあります。湿度の高い日本で快適に過ごすための工夫がなされていたのです。

また、庭からは四季折々の美しい景色を楽しめたと言われています。

寝殿造りは、日本の四季の美しさや気候に調和した住居だったのです。

庶民の暮らしには厳しいものだった日本の四季

四季の移ろいを愛し、数々の文化が生まれるなど風流で雅なイメージのある平安時代。しかし、庶民の暮らしは決して華やかなものではありませんでした。

庶民は、日常で米を食べることはなく、ひえ、あわなどの雑穀を食べており、住居も地面を掘った場所に屋根を設置する簡易的なものだったといいます。

衣服は四季の色を楽しむ貴族の装束に対して、「直垂(ひたたれ)」という、上着と下の服が上下に分かれた身軽なものを着ていました。

『光る君へ』でも映し出されるように、平安時代から日本は災害大国だったため、大地震や干ばつ、そして疫病の流行にも悩まされていました。夏の厳しい暑さや冬の寒さは、人びとにとっては脅威だったかもしれません。

当時の庶民は、その日を生きるのにも必死であったことが推測されます。

平安時代には貴族と庶民の間で大きな隔たりがありましたが、現代ではどんな人でも、季節ごとのさまざまな行事を楽しめます。

誰もが花見や紅葉狩りなどのレジャーで四季を楽しむほか、旬の食材を使った食事を味わったり、寒さや暑さに備えた住環境を整えたりできるのは、平安時代と現代の大きな違いと言えるでしょう。

平安時代の暮らしから、自然と調和した生活を考えよう

平安時代の衣・食・住からは、昔から日本人が四季の美しさを愛し、自然とともに生きていたことがわかります。

何千年の時を越えてもなお、素晴らしい自然が残る日本。自然と調和する豊かな生活とは何なのか、平安時代の生活から今一度考えてみたいものです。

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