「映像体験が分断をなくす」映像作家の久保田徹さんが語るドキュメンタリーの力

大学在学中よりロヒンギャ難民を題材としたドキュメンタリーを制作するなど、映像で生の声を届けてきた久保田徹さん。活動の原点となったエピソードや、現在取り組むミャンマー人のクリエイター支援のプラットフォーム「ドキュ・アッタン」について、そしてご自身の考える豊かさの定義についてお伺いします。

久保田徹さんプロフィール

映像作家。1996年生まれ。慶應大学法学部在学中の2014年よりロヒンギャ難民の撮影を開始し、ドキュメンタリー制作を始める。NHK『東京リトルネロ』などを制作。2022年7月にミャンマーにて撮影中に国軍に拘束され、111日間の拘束期間を経て解放。帰国後、ミャンマーのジャーナリストなどを支援するプロジェクトDocu Athan(ドキュ・アッタン)を立ち上げる。最新の作品に、NHKのBSスペシャルで放送された『境界の抵抗者たち 〜ミャンマーを追われた映像作家の記録〜』がある。

映像を通して、社会の辺境で生きる人々の声を届ける

――初めに、これまでどのような作品を撮ってきたのか教えていただけますか。

久保田さん:学生時代より、主要な報道では光の当たる機会が少ないテーマや、社会の辺境で生きる人々の作品を撮り続けてきました。
大学在学中に発表した『Prayer in Peace』という作品は、在日ロヒンギャ難民であるアウティンという男性が、バングラディッシュの難民キャンプを訪問した際に同行して撮影した作品です。

ロヒンギャの現状と報復の連鎖について考えさせられる『Prayer in Peace』

コロナ禍には、複数の製作者とコロナ渦の東京周辺の困窮者支援やデモの現場を追った映像を制作。撮影された映像は後にNHKで『東京リトルネロ』として放送されました。

日本で「仮放免」として生きる人々の現実が映し出される作品『終わらないロックダウン』

高校時代の留学経験から宗教や民族問題に興味を持つように

――ロヒンギャの問題には、大学生の頃から関わっているのですね。

久保田さん:国際政治に関心があったことや、海外で働くことを視野に入れていたことから慶応義塾大法学部へ進学しました。宗教や民族に興味があり、大学入試では少数派イスラム教徒であるロヒンギャ問題を題材に選びました。実はその時はまだミャンマーに行ったこともなかったのですが…。

高校生の頃、アメリカのクリスチャンの学校に留学していて、彼らと教会に通う生活の中で宗教について考えた経験も題材を選ぶ際のきっかけになりましたね。

大学入学後は、所属した学生団体で群馬県館林市にいるロヒンギャのコミュニティを定期的に訪問するようになりました。そのとき、彼らのドキュメンタリーを撮影していた先輩がいて、映像の力や可能性を感じたことから動画を撮るようになりました。

そして、日本にいるロヒンギャの人々を取材することに留まらず、自身の目で現地に行って確かめたくなり、ミャンマーのラカイン州に隔離されているロヒンギャの人たちを訪れ、映像にしました。

現地で暮らすロヒンギャの人々と、対立する仏教徒ラカイン族の姿を映した「ライトアップロヒンギャ」

ミャンマーで多数派のビルマ族がロヒンギャの人々へ向ける凄まじいヘイトがなぜ存在するのか不思議で、その理由を知りたくなったというのが、渡航の大きな理由の一つです。

現地では、表立ってロヒンギャの支援をしていることを公言することすら厳しい状況の中、ロヒンギャの人々のために立ち上がるビルマ族のパンクミュージシャンたちとの出会いがあり、彼らがバングラディッシュに逃れているロヒンギャを訪れる旅路を撮ったりもしました。
彼らの勇気やスピリットに突き動かされ、それが今も映像を撮り続ける原動力になっています。

海外で仕事をすることに興味があったので、大学卒業後はイギリスの大学院に進学し映像を学びましたが、コロナ渦で対面の授業がなくなったこともあって、退学しました。

拠点を東京に戻して、少数の制作者によるドキュメンタリーメディアである「ドキュミーム」に参加し、先ほどお話したクルド人や検察庁法のデモ現場などを撮影して、SNS上で発信を続けました。
現在の活動ともストレートにつながる「映像がどう社会に実装・エンゲージできるか」を考えるきっかけとなった経験でしたね。

原点となっているのは、子ども時代の“不自由さ”

――ミャンマーでの拘束など危険な状況の中でも、精力的に活動されている久保田さんですが、その原点はどこにあるのでしょうか。幼少期を振り返って、今の活動につながるなと思うエピソードはありますか。

久保田さん:小学生の頃から、自宅から距離のある私立校に通っていたので、放課後に学校や近所の友達と遊ぶことがほとんどありませんでした。家と学校を行き来する生活を送っていたので、子どもながらに不自由さを感じていましたね。
当時の経験が、無自覚ながら今、「映像を通して自由でいたい」と思っていることにつながっているのかも知れません。

それから、両親が共働きだったこともあって子どもの頃から一人で過ごすことに慣れていたので、それが単独で海外に行くことに躊躇がなかったり、恐れを感じたりしないことにつながっているのかなと思います。

拘束・収監された経験を経て、2023年にミャンマー人クリエイターを支援する活動をスタート

――久保田さんのメインの活動のひとつになっている、ミャンマー人のクリエイター支援のプラットフォーム「Docu Athanドキュ・アッタン)」はどのような取り組みですか。

久保田さん:2023年2月1日のクーデター後、ミャンマーではメディアが完全に破壊され、映像クリエイターは、隣国タイなどを拠点とし、不安定な生活状況で制作を続けている現状があります。

ドキュ・アッタンは、そのような困難な中で声を上げるミャンマー人クリエイターの活動を支援することを目的としたオンラインプラットフォームです。

サイトでは無料で彼らの作品を視聴することができ、視聴者に「アッタン(ミャンマー語で“声”)」を購入してもらうことで、その寄付がクリエイターの作品作りの資金となる仕組みです。
特徴は、直接クリエイターに寄付ができること、決済を行ってから視聴ができる購入型ペイビューのシステムではないことが挙げられます。

ドキュ・アッタンで鑑賞できる作品のひとつ。クーデター中に拘留され、生き地獄の日々に耐える女性をアニメーションで表現した物語『ザ・レッド』

私と共同代表の北角裕樹さんは、それぞれ2021年、2022年にミャンマーで拘束・収監された経験があります。

ミャンマーでクーデターが勃発した日からちょうど2年後の2023年2月1日に、ドキュ・アッタンをスタートしました。僕がミャンマーでの拘束から解放され、約3か月後のタイミングでした。

ドキュ・アッタンのイベントで登壇する久保田さんと北角さん

再度になりますが、ドキュ・アッタンのサイトでは、作品の視聴は無料です。その理由は、応援してもらうことを第一の目的としていて、一般的な映画作品のように作り手、鑑賞者と二分するのではなく「一緒に声を上げる」というイメージを広めたかったからです。

今後のドキュ・アッタンでは上映会の場を増やしていきたいと考えている他、タイ側のミャンマー人クリエイター、日本の支援者コミュニティの2方向からの場づくりを積極的に行っていく予定です。

祖国を逃れ、声を上げる人々の「共感」の輪を広げていきたい

――ドキュ・アッタンの今後の展望を教えていただけますか。

久保田さん:今後はドキュ・アッタンの活動をさらに展開し、より多くの人に広めていきたいと考えています。活動自体の認知度も含めて自分たちの想いが広く伝わっていない歯がゆさがある一方で、発展していく可能性も感じていますね。

ミャンマーでの拘束経験により、ドキュ・アッタンとして行動を起こすという明確な指針が生まれたわけですが、1年継続した中でさらにやりたいことが増えてきました。
次のステップとしては、ミャンマーから逃れタイの国境付近で活動を続けるクリエイターのための製作拠点をつくるなど、彼らに場所を提供したいと思っています。

また、まだ理想ではありますが、いつか現地でスタッフを雇い、映像に限らず写真やさまざまなアーティストの展示をサポートしたいなとも考えています。

「知った先に体験する」ことが「豊かさ」につながる

――最後に久保田さんが考える「本当の豊かさ」を教えてください。

久保田さん:知識として知っていることと体感することは全く違いますよね。映像は追体験するメディアであり、自分が分かっていくプロセスをもっと情動として人々に体感させられるものです。
だからこそ自分がやる意味があるし、情動がなければドキュメンタリーである意味が無いと考えています。

ドキュメンタリーを観るということ以外に、例えばまずは身近な家族を題材としてドキュメンタリーを撮って、身を持って知っていくというプロセスを体感してみるのも面白いかも知れませんね。

肌で知ることによって、簡単に差別や偏見は生まれなくなる。情動でつきつけられたときに言葉や知識を超えて、分断をもなくしていけるのではないでしょうか。実際に感じ取る体験が増えていくことが、豊かさにつながるのだと思います。

ドキュ・アッタン公HP:https://www.docuathan.com/

取材・文 / かがり

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