モロッコの小さな村で、女性たちが目を輝かせながら編む一枚の布。そこには、長年にわたる信頼と分かち合いの物語が丁寧に織り込まれています。
SDGsやエシカルということばが広く使われるようになったずっと前から、「支援する」「支援される」ではなく、「ともに生きる」という関係を育みながらモロッコの手仕事に携わってきたDAR AMAL(ダールアマル)代表のカモチリナさん。
ブランドが15周年という節目を迎える今、その歩みや想い、そしてご自身の考える豊かさについて、お話を伺いました。
カモチリナさんプロフィール

2010年、29歳のときにJICA海外協力隊としてモロッコに派遣。当時の経験と、そこで築かれた人とのつながりをきっかけに、モロッコの小さな町ムーレイイドリスを拠点とした、女性たちの手仕事を支えるプロジェクト「DAR AMAL(ダールアマル)」を展開。現地の女性が製作した刺繍などの手工芸品を日本で販売することで、生産者の持続可能な収入源を確保する。さらに、セルフケアブランド「RAS(ラス)」を立ち上げ、アルガンオイルやバスソルトなどを通して“心と身体をととのえる”大切さを発信することにも力を入れる。
「単に仕事を得て収入を得る場所ではなく、心から安心できる居場所にしたかった」
―カモチさんの手掛けるブランド「DAR AMAL」に込めた想いを聞かせてください。

「DAR AMAL」という名前には、“希望の家”という意味が込められています。この名前をつけたのは、単に女性たちが仕事を得て収入を得る場所ではなく、心から安心できる「居場所」にしたかったからです。
モロッコの女性たちは、教育や就労の機会が限られており、家庭に縛られ、社会に出ること自体が難しい現実があります。そんな中で、「自分の手でつくったもので、誰かに喜んでもらい、お金を得る」という経験は、彼女たちにとって大きな自信と誇りになるのです。

彼女たちはモロッコの伝統の刺繍を作ります。それはとても美しくて、価値のあるものです。おかげさまで日本でのファンも多く、女性達の次の仕事へと繋がっています。

私は支援しに行っていると思っていましたが、私の方が受け取っているものが大きいと思うようになりました。私の方が支援されているようで、恩返しをしているような気持ちで活動しています。
活動では「共に生きる」「共に未来をつくっていく」という感覚を大切にしています。DAR AMALは、女性たちが一歩を踏み出し、自分自身を好きになってもらえるような、そんなあたたかな場所でありたいのです。
人との関係性が豊かなモロッコに惹かれて
―なぜモロッコで活動を始められたのですか?
高校生の時にアメリカで1年間の留学を経験しました。さまざまな人種、文化、宗教の人たちと暮らす中で、「世界には本当にいろいろな価値観があるんだ」と衝撃を受けました。その経験を通して、もっと世界を知りたいという思いが芽生えたんです。
JICAに応募した際、モロッコのムーレイイドレスに配属となりました。最初は中央アフリカに行きたかったのですが、実際にモロッコに行ってみると想像を超える魅力にあふれていました。
たとえば、家族や近所の人とのつながりがとても強く、困っている人がいれば自然と助け合う空気があります。何も言わなくても、席を譲ってくれる。道を尋ねれば、最後まで案内してくれる。物質的には豊かではないけれど、人との関係性の中で暮らしている“心の豊かさ”を感じました。
―活動される中で挫折やつらい経験もあったと思います。忘れられないエピソードはありますか。

はい。活動の中で一番辛かったのは、育ててきた現地のリーダーによる資金の私的流用が発覚した時です。私は、モロッコの女性たちの中から「仲間をまとめるリーダー」を育てたいと思い、時間をかけて信頼関係を築きながら任せてきました。ある時、彼女が活動資金を自分のために使っていたことが発覚したんです。しかも、他の女性たちも知らぬ間に搾取されているというような状況でした。
とてもショックでしたし、正直「もうやめようか」と思った瞬間もありました。でも、搾取されていた女性たちが「リナを失ってしまうのは嫌だしこのまま帰せない。もう一度自分たちにチャンスを欲しい」と言ってくれたんです。
私が来たことが、搾取のきっかけになってしまったのにもかかわらず、そこまで言ってくれ信頼されていることに心動かされ、彼女たちに刺繍をしていて良かったと思ってもらえるように、もう一度頑張ろうと活動を再構築しました。
いま思えば、この出来事があったからこそ、組織としての強さやしなやかさが増したと感じています。
―モロッコの人々と関わる中で、ご自身が新たに発見したことや学んだことはありますか?
数えきれないほどあります。特に印象的だったのは、「持っている人が自然と分け合う」という価値観です。たとえば、ある日、活動拠点の女性が自宅で採れた卵や手作りパンを差し出してくれました。生活に余裕があるわけではないのに、私のために「どうぞ」と笑顔でくれる。そうした優しさに何度も心を打たれました。
現地の人たちは、“与えること”に見返りを求めません。「困っているなら、助けるのが当たり前」という感覚が根づいているんです。その姿勢は、日本にいるときに当たり前と思っていた「自立」や「自己責任」とは違うものでした。モロッコでの暮らしを通して、「人はひとりでは生きられない」という当たり前のことを、改めて心に刻むことができました。
「モノが少ないからこそ、本当に大切なものが光る」
―これまでのお話の中でも豊かさというワードが何度か出てきましたが、リナさんにとって「豊かさ」とは何でしょうか?

私にとっての「豊かさ」とは、モノがあまりないからこそ、本当に大切なものが際立って見える、そんな感覚です。モロッコでの暮らしは、日本に比べて決して便利ではありません。それでも、人と人とのつながりや、助け合う心、目の前にいる人を思う気持ちが、自然にあふれています。
モノがたくさんあると、かえって見えなくなってしまうことがあります。でも、何もないところでは、人の優しさや、小さな幸せの瞬間が、まるで宝石のように光って見えるんです。私はその中で、本当の意味での「豊かさ」を教わった気がします。
DAR AMALで出会った女性たちとも、もう15年の付き合いになります。彼女たちと一緒に笑って、悩んで、また笑って──そんな日々があるからこそ、今の自分がいます。彼女たちの暮らしや想い、そして自分自身の生き方を見つめ直す中で、「豊かさ」はモノではなく、暮らしの中の“光るもの”なのだと、確信するようになりました。
DAR AMAL公式サイト:てとてをつなぐ|DAR AMAL|モロッコ