素材や形、トレンド、自分に似合うかどうか。洋服を選ぶときに大切にしていることは人それぞれ。
でも、もし自分が身に着けている服が、知らず知らずのうちに誰かを傷つけていたら…?
これから先、私たちが洋服を選ぶ際の基準にプラスしたいのが、“生産者にとっても消費者にとってもハッピーであるかどうか”です。
今回は、フェアトレードファッションの草分け的存在であるピープルツリーからフェアトレードファッションの根本的な考え方を学び、その大切さを一緒に考えます。
●ピープルツリー
1991年に2人のイギリス人によって日本で設立されたフェアトレード専門ブランド。オーガニックコットンの衣類や、チョコレートやコーヒーなどの食品、雑貨など幅広くオリジナルで展開。日本では自由が丘と立川高島屋S.C.に直営店がある他、全国のセレクトショップなどで取り扱いがある。WFTO(世界フェアトレード連盟)に加盟し、製品にはWFTO保証ラベル(原材料から生産までフェアトレードを保証するラベル)を付けている。
お話を伺ったのは、ピープルツリー広報の鈴木啓美さん。
2023年のファッションレボリューションウィークで参加者からの反響が大きかった、映画「メイド・イン・バングラデシュ」の解説を交えながら、フェアトレードについて基礎的なところからお聞きしました。
そもそもフェアトレードってなに?
――ファッションの話の前に、フェアトレードとは何かを教えていただけますか。
端的に言うなら、貧困問題と環境問題をビジネスの力で解決しようとする取り組みです。直訳すると「公平・公正な貿易、取引」となります。
スポーツで公平性を表すフェアプレーの“フェア”をイメージしていただけると近いと思います。
ピープルツリーが加盟するWFTOは生産者の労働条件、賃金、児童労働、環境などに関しての基準「フェアトレード10の指針」を定めています。
そのうちの1つ「適正な金額を支払う」だけが注目されフェアトレードの代名詞のようになっているのが現状ですが、それは「手段」の1つ。
何のためにやっているのかという「目的」が大事です。
「みんなが幸せに暮らせること」をゴールに、10の指針をもとに、様々な活動をしています。
フェアトレードという言葉ができるまで
――ただ適正な金額を支払うだけではなく、生産者も幸せに暮らせることが大切ということですね。いつ頃できた概念なのでしょうか?
国際的な会議の場で初めて「フェアトレード」という言葉が使われたのは1984~85年頃と言われています。1950年代からチャリティー貿易が存在していましたが、対等というよりも“助けてあげる”という意味合いが強いものでした。
そこから1960年代に、取引は対等であるべきだという考えのもと、フェアトレードの前身となるオルター(オルタナティブ)トレードと呼ばれる概念が生まれたのです。
日本では70年代から80年代にかけて、フェアトレードに類する活動をする団体が活動を始めました。
参考:https://fairtrade-forum-japan.org/fairtrade/fairtrade-history
ファストファッションの“アンフェア”な真実
――今年のFRW※1に、ピープルツリーは映画「メイド・イン・バングラデシュ」※2の上映・解説イベントを開催しました。フェアトレードの視点から作品を観るときのポイントを教えてください。
「メイド・イン・バングラデシュ」は、縫製工場で働く女性工員たちが労働組合を発足するまでの奮闘を描いた映画です。
作品はフィクションであるものの、監督のルバイヤット・ホセインが沢山の工場労働者に会ってリサーチし製作した、限りなくリアルに近い物語です。
工場での話だけではなく、ところどころにバングラデシュで働く人々が置かれている状況が散りばめられており、主人公シムの人生もまさにバングラデシュで生きる女性の現状を映し出しています。
――衣類産業大国であるバングラデシュの現状がとてもよく描かれていました。
バングラデシュは世界2位の衣類輸出国であり、国内の7~8割が衣料に関わる産業です。しかし、映画にもあるように、政治家などの権力者と工場経営者に癒着があったり、権力者自らがオーナーであったりして、労働者に目が向いていない事実があります。国外に安価な労働力を提供する一方で、労働者の賃金や労働環境は後回しにされているのです。
例えば作中、シムは、労働組合を作るための資料として、労働者権利団体のナシマに渡されたスマートフォンで工場内の様子を密かに撮影します。そこではグローバルアパレル企業の白人男性が工場見学に来るのですが、「君の工場は高すぎる!」と値下げを求めているのです。
労働組合が存在せず、権利が保障されていない状態で、労働者は満足のいく賃金をもらえていません。それにも関わらず、先進国で洋服をさらに安く売るために工賃の値下げを要求される。
このシーンからは、先進国において消費者が安価な洋服を求め、企業がそれに応えようと考えた結果、生産国で働く労働者にコスト削減のしわ寄せがいっているということを知ることができます。
※1 ファッションレボリューションウィーク。毎年、4月24日を含む1週間、ファッションの透明性を高めることを目的としたイベントが世界中で開かれる。縫製工場で働く1,100名以上の女性が犠牲となった2013年4月24日の「ラナ・プラザ崩壊事故」がきっかけとなっている。
※2 世界のファッション産業を支えるバングラデシュで、縫製工場の過酷な労働環境と低賃金の改善に立ち上がったひとりの女性の実話をもとに製作されたヒューマンストーリー。
生産背景以外にも目を向けたい現地のリアル
――安さの裏にこういった現実があることは常に意識しておきたいですね。他にもこの映画から私たちが学べることはありますか。
作品では、ジェンダーの問題と児童婚の現状も垣間見えます。
実はバングラデシュは、政治の面で見ると首相をはじめ女性議員の割合が日本よりかなり大きく、最新のジェンダーギャップ指数も59位で日本よりはるかに上位にいます。
ところが、経済面で見ると、バングラデシュは男性の失業率が高く、作中のシムと夫のように、女性が縫製工場などで働き家計を支えているという構図が珍しくないんですよね。数字だけを見ると女性の社会進出が進んでいるかのように見えますが、どういう基準でジャッジされた数字なのか、その裏側にある事実を知ろうとすることが大切だと思います。
――生産の現場はもちろん、生産国がどのような状況なのか、知ろうとすることが重要ですね。
シムが、母親から11歳の時に40歳の人と結婚させられそうになったと告白する場面も衝撃的です。
バングラデシュの法律では18歳以下の結婚は禁止されていますが、なんと半数以上が18歳以下で結婚していると言われています。貧困から脱しようと、母親が子どもの幼い頃からお金持ちの男性を探すケースが多いのです。
幼い頃に結婚をすると、低年齢により妊娠・出産のリスクが高まる、虐待の対象となる、教育の機会を奪われることなどが懸念されます。
このように、私たちの衣服と深い関わりのあるバングラデシュの日常を、物語を通して知ることができるのもこの映画の特徴です。個人レベルで起きているように見える問題も、国際市場での立場、社会通念や文化的背景からくる社会システムのひずみが要因で起きているということが見えてきます。
フェアトレードファッションはこうやって作られる
――ファストファッションが作られる生産背景はイメージできましたが、フェアトレードの衣類は具体的にどのように作られるのでしょうか。
ピープルツリーのファッションを例にすると、「フェアトレードの10の指針」をクリアし、WFTOに加盟する、信頼のおける生産者団体との取引を行っています。
オーガニックコットンをはじめとする素材の調達から最終加工まで、どこで誰がどんなふうにつくっているのか把握すること、生産者に無理強いをしないため生産に十分な時間を設けること、生産団体にオーダーする時点で最大50%を前払いすることなど、双方向のやり取りをすること、透明性と公平性を保つために様々な取り組みを行っています。
また、製品は日本向けに企画し、団体に所属する生産者たちが持てる技術を活かした上で、手作業でひとつひとつ丁寧に作られます。そうすることで、伝統的な手仕事の継承にもつながるのです。
日本で販売するとなると、クオリティも大事になってきますので、技術支援や細やかなフィードバックを行うなど、生産者がスキルを磨けるようなサポートも欠かしません。
その他、生産活動以外の取り組みの例として、女性の地位向上のための研修や子どもの教育に関する支援、労働者の人権のために尽力しているバングラデシュの弁護士の支援なども、ピープルツリーの母体であるNGOグローバル・ヴィレッジを通して行っています。
私たちにできることは、消費するということに責任を持つこと。
――洋服の生産の背景を知ってしまうと、どんな洋服を購入したら良いのかわからない…という方も多いと思います。大きなアクションではなく、私たち消費者が今日から始められることはありますか?
今まで選択してきたものと、生産の背景を意識して選択してみたもの、一見似ているけれど何が違うのか?
そのような小さな疑問を持つことから始めてみるのがいいのではないかと思います。
洋服を買う際には、タグを見る、どこで作られているのか、素材にどのような違いがあるのかを気にしてみるなど、小さな気づきから知識を増やしていけば良いのです。
完璧を求めるのではなく、今の時点でより良い方を選べるように努め、良かったらそれを友人に広めるのもいいですよね。
「とりあえず」の買い物はしないことも一つの方法です。間に合わせで購入するのではなく、ずっと大切にしたいと思える物だけを選びたいですよね。
また、疑問に思ったことがあれば、ブランドに問い合わせをすることや、SNSで発信することも重要です。企業に消費者の声を届けることで、企業側もそのニーズに気が付くようになります。
企業は今あるリソースを活かし一歩踏み出すことが重要
――社会に貢献するアクションを起こしたいと考えている企業ができることは何でしょうか。
企業は、自分たちの元々持っているフィールドにおいて一歩踏み出すことが大切だと思います。つまり、自社の事業の延長線上で取り組むということです。そもそも何のために創設されたのか、原点を改めて見つめると、自分たちの使命が盛り込まれていると思うのです。
企業も個人も、大きな変革や完璧さを最初から求めるではなく、今あるリソースを活かせる方法で社会に貢献していくのが、健やかで無理のない方法なのではないかと思います。
フェアトレードファッションを学んで
「フェアトレードも、SDGsもサステナブルも、地球と人、みんなが幸せに暮らせるようにするためのものです。そして、忘れたくないのは、その“みんな”という中にはちゃんと自分自身も含まれているということですよね。自己犠牲や我慢を強いるものだと続かないので、自分も楽しむことが大事だと思います」最後に鈴木さんはこうお話してくれました。フェアトレードは、特別なことではなく、他の人に対して対等・平等に向き合う、という人としての基本的な姿勢なのだと改めて感じました。
私たちの洋服を取り巻く“アンフェア”な関係は、今も世界のあらゆるところで存在しています。洋服を身に着ける人も作り手も、みんなが対等な世の中であるために、現状を知り、一人ひとりが小さなアクションを起こしていくことが、これからのファッションには求められているのではないでしょうか。